兎耳のアイリス

□その2
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「だ〜か〜ら、アイドルだから『アイちゃん』って呼んでもいいんだよ?遠慮しないでいいよ?」

「……何か嫌だよい。」

「だな。何か負けた気分になるってんだ。」

「二人とも照れ屋さんなんだからぁ!」


不便だから少女の呼び名を決めよう、となったのだが彼女は相変わらず「自称アイドル」を貫くつもりらしい。だがだからと言ってマルコもサッチも少女の言い分を丸飲みする気は毛頭無いようだ。堂々巡りな会話の末に疲れたようなマルコと苦笑いするサッチを見かねてか、白ひげは再びグララと笑うと、


「なら俺が名前を付けてやらァ!……そうだなァ………」


と言って暫し思案する。
やがて白ひげは、ワクワクと効果音が付きそうな期待のこもった眼差しをしている少女を見つめると、ゆっくりと口を開いた。


「……おい、嬢ちゃん。」

「はいっ!」

「お前ェの名前は、今日からミラだ。文句は認めねェ!」

「………ミラ……ミラ、……ミラ!」


白ひげの口から溢れた「ミラ」というその名前は、少女の存在の証だ。例え肉体を持っていなくても、ミラという少女は確かにここに存在する。自分自身でそれを噛み締めるように、少女は与えられた名を呟いた。そしてそれを数回繰り返したのちパッと顔を上げると、泣きそうな、けれども嬉しそうな複雑な笑顔を浮かべ、勢いよく白ひげへと抱きついた。


「ありがとう……っ!ありがとうございますっ!!」


実体を伴わないミラの頭を優しく撫でる白ひげ。その瞳は「鬼より怖い」と怖れられる男とは思えない程に穏やかな光を帯びていた。












ミラの出現により仕事へ向かう時間が大分押してしまったサッチは、船長室を辞するなり早足で歩き出した。そんな彼の横をふよふよと付いて行きながらミラは相変わらず能天気な口調で


「サッチさんの仕事って何なの〜?ここって海賊船でしょ?」


と問うとくるりと一回転する。それにニヤリと不敵な笑みを向けたサッチは早足のままに口を開く。


「そりゃお前ェ、この格好見りゃ分かるだろ?」

「格好ぅ?」

「ああ!」


足はせかせかと動いているのに自慢げに胸を張った奇妙な動きで、サッチはフフンと鼻を鳴らした。そんな彼をジーッと見つめたミラは、暫し思案したあとに「わかった!」と言うと彼の顔面にズイッと顔を近づけて


「暴走族さん!」


と自信ありげに言い放つ。だがサッチはそれを聞いた途端に盛大にスッ転んだ。


「おお、渾身の滑り!」

「俺様はいつでも全力だからな……って違う!」

「いつでも手抜きなの?」

「それも違う!」


板張りの廊下に強かに打ち付けた鼻と、転んだせいで若干形が崩れたリーゼントをさすりながら起き上がったサッチは、律儀にミラのノリに合わせながら再び歩き出すと口を開く。


「髪形じゃ無ェよ!服の話だよ!仕事はこの船のコックだってんだよ!」

「コックぅ?コックって料理人って事?」

「そう、そのコックだ。」

「へ〜〜〜、なんか意外。」


再びサッチに合わせて宙を飛びながら、ミラは言葉通りに意外そうな表情を浮かべた。それに今度は彼の方が僅かに目を見開くと「なんでだ?」と問う。


「だってコックさん、ってなんかイケメンのイメージあるし。」

「えっ?なんでそれで俺だと意外なんだよ?」

「えっ?」

「えっ?」


足を止め、双方驚いた顔を見合わせる二人。


「…………。」

「…………。」

「………な、なんでも、無いってんだ……。」


暫く黙って見つめあった後、がっくりと肩を落としたサッチはトボトボとした足取りで歩き出した。その寂しそうな背中を見たミラは、小さく吹き出すと彼に追い付きその顔を覗き込んでこう言った。


「サッチさんも格好良いよ。イケメンとは違うけど………でも格好良いと、私は思うな!」



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