兎耳のアイリス

□その1
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程よく使い込まれた櫛は、前の持ち主がちゃんと手入れしていたのだろうか、古道具ならではの味は有っても傷んだりくたびれたりはしていない。金属で出来ている為に少しだけ重みがあるひんやりとしたそれを手に取ると、サッチはそっと髪へと差し込んだ。


「金属だが、整髪料は大丈夫なんかな……?後でちゃんと手入れしなきゃな。」


思いの外するすると髪を滑る櫛で、リーゼントの脇の部分の髪を後ろに向かってゆっくりと撫で付ける。
反対側も同じように。


「よしっ。………どれどれ?」


目の前の洗面台の鏡で出来具合を確認しながら、サッチは満足そうに頷く。そして大事な宝物を扱うように櫛を仕舞うと、今度は上から横からとコンパクトの小さな鏡を使って、改めてリーゼントの良さを再確認し始めた。


「うんうん、やっぱ男はリーゼントだってんだ!」


大分偏った主張だが、サッチにとってはリーゼントこそが至上、その他……特にパイナポーヘアは論外なのだ。


「もうちっと伸ばして、もっと盛りてェなぁ。………ん?」


しばらく自身とその髪形を存分に堪能していたサッチだったが、不意にちょっとした異変に気が付いてコンパクトを覗き込む。そして一度振り返って背後を確認し、首を傾げた。


「…………?」


もう一度、コンパクトを見る。
背後を確認する。


「……………。」


映る。
背後には、誰もいないはずなのに、鏡の中に映るのだ。
俯き、顔の見えない「女」の姿が。


(…………!!ま、まさか!!)


暫く悩んだサッチは、閃いた。
彼は生き生きとした表情でコンパクトを高々と掲げ、見上げるような格好で自分を映す。
背後には、やはり「俯く女」の姿。
それを見たサッチは、高らかに叫んだ。


「鏡よ鏡よ鏡さん!!この世で一番格好良いのは、……このオ・レ・様っ!!」

「断定すんのかよ聞けよ私に!!ってかこの状況で鏡の精とか無いでしょ普通!!どんだけメルヘンなのよオッサン!!幽霊でしょどう考えてもっ!!」


途端、サッチの目の前に弾けるように現れたのは、長い髪をツーサイドアップに結い上げた少女の姿。推定13〜14歳程度と思われる少女は、空中をふよふよと浮きながらきゃんきゃんと喚き散らして膨れっ面をする。
だが当然の事ながらサッチはそんな年頃の少女の扱いを心得ているわけもないので、不満げに頬を膨らましブツブツと文句を言い続ける彼女に圧倒されるばかりだ。もっともこの彼女が「自称幽霊」である以上、そんなものの扱いを心得ている人間などそうはいないのだが。


「あ〜……いや、なんだ、その。」


とにかくいつまでも膨れっ面をさせている訳にもいくまい、呪われたく無いし。そんな風に考えたサッチが何とか言葉を捻り出そうとした時、不意に洗面所の扉が勢いよく開き独特のシルエットが姿を現した。


「サッチ、朝から何騒いで、ん……だ、……よい?」

「お、おう、マルコ!」


相変わらずの半開きの眼で現れた1番隊隊長でありサッチの旧知の友人でもある男、マルコは文句を言いながらもサッチに纏わり付いて騒いでいる少女を見ると目を丸くする。そしてゆるゆると手を上げて彼女を指差すと再び口を開いた。


「妖精さんかよい?」

「違うってか何なのここの人オッサンが揃いも揃って何でそんなメルヘン!?」


マルコの言葉に再びくわっと噛みついた少女は、余程腹に据えかねるのか一息で言い切るとハアハアと肩を怒らせて息をする。しかしやがてはたと何かに気が付いた様に顔を上げ、目を見開きながらサッチとマルコ二人の顔を交互に見比べた。


「……待って、やだ………私ってば………………そ ん な に カ ワ イ イ !?」

「「は!?」」

「いやいやいや、知ってるけどっ!もうこれは妖精というかアイドルかなって位に可愛いのは知ってるけどぉっ!!」

「「おいおいおい。」」


少女は何を思ったのか男達の予想だにしないような方向の考えに至ったらしく、急に手を胸の前に組む「THE 乙女」なポーズで恥じらいつつ恥じらいの無い台詞を吐き始めた。
そして、どうしたらそういう思考になるのか皆目検討もつかない為に若干呆れ混じりに彼女を見つめる男二人に、少女はやがて幽霊にしてはやけにキラキラした瞳で言い放つ。


「アイドルだから、『アイちゃん』って呼んでもいいよっ!?」




((…………畜生、幽霊だから殴れねェ!))


男二人の気持ちが抜群にシンクロした瞬間だった。


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