サルビアのきもち
□二十
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白ひげ一行が謎の島に上陸してから、今日で三日目の朝。
「いよう、新郎っ!」
朝食を終え事務室に向かうナツメの肩に後ろからガッシリとした腕が回され、彼女の白い頬をチクチクとドレッドが擽る。
「…っ!ラクヨウ隊長っ!その呼び方止めて下さい!」
回されたゴツい腕を振りほどきながら、珍しく声を荒げるナツメのその頬が僅かに赤いのは、ドレッドの摩擦故か、はたまたそれ以外の理由なのか。
昨夜行われた隊長会議でイゾウがドヤ顔で語った情報は、
「どうやら『マシバ様』ってのは所謂『シヴァ神』のようだぜェ。しかも閉鎖された島のせいか、大分大黒天と混ざってやがる。」
という物で、彼はご丁寧にも懐から折り畳まれた紙、祭り会場で購入したと思われる絵を取り出すとテーブルに広げた。
その絵には、青い肌に3つ目のお馴染みなシヴァ神が描かれていたのだが、不思議な事にそのシヴァ神が手に持っているのは三ツ又の鉾ではなく小槌で、乗っているのは牛ではなく米俵だ。
「ちょ、まじかよい。」
「シヴァって確か、大黒天の別名とか…」
「んじゃそのメロンちゃんは…」
「ナツメの嫁さん!?」
「「「「……ぶっ、」」」」
ぶははははははは…
深夜だと言うのに、隊長達の大爆笑は怒り狂ったキャサリンが怒鳴り込んで来るまで続いた。
そんなさして重要とは思えない情報に限って律儀にしっかりと記憶しているこのラクヨウという男は、早朝に鍛練で顔を合わせた時からずっと飽きずにこうしてナツメをからかっているのだから困ったものである。
おかげで、その度に彼女は周囲のクルー達から全くもって嬉しく無い冷やかしの視線を貰う始末だった。
そんな彼女の肩に腕を回したまま、相変わらずニヤニヤと笑いながら「羨ましいぜ」と騒ぐラクヨウに、背後から特徴的なシルエットが忍び寄る。
「……召集だよい。」
そのシルエットの持ち主マルコは、ナツメの肩に回された日に焼けた逞しい腕をさりげなく外しながら二人に話しかけた。
「うおっ!?…何でェマルコ、気配消して近寄んなよ!」
大袈裟に驚いたラクヨウは、しかしすぐにマルコの額の一部が僅かに痙攣しているのを見てとると、
「あー、んじゃ俺行くわ!」
とスチャッと手を上げると立ち去った。
残されたナツメはマルコのその僅かな異変には未だ気が付いていないのか、不思議そうに彼を見上げると首を傾げる仕草をする。
そんな彼女の頭をポンポンと優しく叩きながら、マルコは口を開くと
「ほれ、お前ェも行くんだよい。」
と言い急かすようにその背中を押すと歩き出した。その上司の細身だが広い背中に遅れぬようにと、ナツメも慌てて足を動かしたのだった。
マルコに促されるまま召集がかかった場所…てっきり会議室かと思ったのだが実際は船長室だったその部屋に恐る恐る足を踏み入れたナツメは、威風堂々という言葉が正しく相応しい様相で椅子に鎮座する白ひげと、その前にずらりと並んだ隊長達とを見比べた後マルコの後ろに控えた。
黙ってその目を閉じていた白ひげは全員揃ったのを気配で察知したのか、やがてゆるりと瞼を持ち上げると口角を上げ彼独特の笑いで喉を鳴らす。
それを見た一同も、はなから親父の意図は理解していると言いたげに不敵な笑みを浮かべると、その『力ある言葉』を待った。
「なァ息子達よ。……暇潰しに、天上とか言う所でふんぞり返っていやがる、竜の威を借るトカゲの尻尾を、ちいっとぶった斬ってやろうじゃねえかァ!」
「どうせまた生えてくるんだ、構わねえだろうねい。」
「ワノ国縁の島とあっちゃァ素通りも出来無ェしなァ。」
「ちょうど近海を傘下の魚人が航海中らしいしな!」
白ひげに続いてマルコやイゾウ、ナミュールまでもが好戦的な色を宿した瞳で喋る。
そう。
もとより、たかが取引相手の小島を1つ潰したとて天竜人には然程の痛手を与える訳でも無く、まさにトカゲの尻尾切りに他ならない。
しかしこの近海は四皇「白ひげ海賊団」の縄張りなのだ。天竜人が絡むと分かっていながら白ひげが大人しくしている訳が無いのである。
ナツメは頼もしき「父」と「兄」達の姿を見詰めながら、自身も改めて腹を括った。
海賊が欲しい物を前にして、我慢する道理など無いのだ、と。
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