サルビアのきもち

□十九
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「……意外と、似合うもんですね。」

「そうかい?」


何だか落ち着かねえよい。
そんな風にボヤく自隊長の足元に向けて藍色から不死鳥色へのグラデーションがかかった浴衣の衿を整えながら、ナツメはまじまじと目の前の男を観察する。
髪型こそ奇抜なものの基本的に容姿に恵まれているマルコはやはり何を着せてもそれなりに似合うらしい。
浴衣の衿元から覗く引き締まった身体を遠慮無く堪能しながらも、ナツメは一体今日だけで何人の道行く女性がこの無駄に破廉恥な筋肉にヤられる事だろうと考え僅かにため息を漏らした。


「しかし、ここまでやる必要はあんのかい?」


マルコが眉間に皺を寄せながらも彼女に問いかける。
まあ確かにイゾウ情報によればこの島は「観光客歓迎」らしいので、別段この様な変装めいたものは必要無い。
だがしかし。


「…皆さん、カタギに見えなさ過ぎるんですよ。そんなんじゃ、得られる情報も得られません。」

「……そうかよい。」

「はい。郷に入らば郷に従え、です。」


そんな風にナツメに言われれば、マルコも引き下がるしかない。
しかし、マルコとは対照的に今日の彼女は普段着なのが些か不満なようで。


「私?私はむしろ海賊には見えないみたいだからこれでいいです。」


そう言いはなった彼女に、マルコは内心でため息を溢した。


(…どうせなら、着飾った女を連れて歩きたいんだがねい。)


そんなマルコの心中には全く気付かずに、彼の着付けが終わったナツメはさっさと持ち物のチェックを始める。

昨晩遅くの会議の結果、とりあえず出来る補給はしつつも情報収集をする為に普段通り船番を残して各隊上陸する事になった。
とは言え、ユキの件に関してはあくまでもナツメ個人の事情という側面が強い為、仕事に差し支えの無い範囲で有志による調査という事で落ち着いた。
そして今現在は、調査の為に上陸するナツメとそれに付き合うマルコが準備をしている所である。
例によっていつもの如くエースがナツメに着いていきたいと不満を漏らしたが、昨日弟がユキに働いた無礼を考えるととてもそんな事は出来ない、とナツメは姉の顔で毅然と突っぱねた。
とにかく、姉として何をおいてもまずは弟の失態を詫びなければ、という彼女の台詞に昨日の事を思い出したのか、エースは真っ赤に熟れた顔で無言のまま大人しくコクコクと頷いたのだった。








「昼間来ると、また印象が違うなぁ。」


般若の面を付けたマルコの横を歩きながらキョロキョロと辺りを見回すナツメは、イゾウから借りた甚平を纏って翁の面を付けている。
結局着付けの後マルコが不満そうに「アンバランスだ」と主張した為に仕方なく和装にした彼女は、しかしながら昨夜の様に間違われるのは御免だとこの格好をチョイスした。
だが端から見ると甚平を着たナツメはまるっきり少年にしか見えず、密かに少しだけ下心が有ったマルコはそれを見て盛大に落胆したのは言うまでもない。


「う〜ん、やっぱ偶然再会するってのは無理かなぁ…。」


暫く祭会場の辺りを見て回ったものの、やはりそう簡単には再会出来ない事を悟ったナツメは顎に手を当てて俯き、記憶を掘り起こす。
昨日見た白昼夢の中に、ユキの家やよく行く場所は無かっただろうか、そう考えていると隣にいたマルコが口を開く。


「…儀式の生け贄役なら、神殿とかに籠るのがセオリーじゃ無ェかい?」

「いやいや、隊長。神殿は無いでしょ神殿は。」

「ものの例えだよい。…何かそういうの、無ェのかい?」


言われてみれば確かにマルコの言う事も一理有る、そう考えたナツメの脳裏には白昼夢の中に頻繁に出てきた森の中の社が思い浮かんだ。


「そういえば、お社が有った気が…。」


そう呟いたナツメが辺りを見回せば、祭会場の中心にある舞台の後方に巨木が二本そびえ立っており、その更に奥に森が広がっているのに気が付く。


「ビンゴ。鎮守の森だ。」


マルコとナツメは顔を見合わせると、人目に付かぬ様に慎重に森に分け入った。

二人が分け入ったその場所は「鎮守の森」と言うには些か複雑すぎる所だった。ナツメの予想していた様な石畳の参道も無ければ社へと導く石灯籠の様な物も無い。ただ、所々で枝分かれする獣道が続くばかりだ。
しかしその枝分かれした道の中から迷う事無く進む先を決めるナツメを見て、マルコは不思議そうに首を傾げた。


「何で道が分かるんだよい?」

「…あの木、注連縄があるでしょう?」

「あの妙な縄かい?」

「はい。あれは神聖な物に付けたり、結界を張る意味で付けるものなんです。……それに……、」


そこまで言って一旦言葉を切った彼女は少しだけ迷う素振りを見せた後、おずおずと「夢で見たので…」続けた。
それを聞いたマルコは彼女の頭をポンポンと優しく撫でながら、


「他はともかく、俺にそんなに気ィ使う必要は無ェよい。…お前ェの事ぁ信じてるからねい。」


そう告げる。
途端、顔を上げたナツメは苦笑いのような泣き笑いのような複雑な顔ではにかむと、消え入りそうな程に小さな声で


「……ありがとう、ございます。」


と呟いた。





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