サルビアのきもち

□十五
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グランドラインの後半、それまでの出鱈目な海よりも更に出鱈目な、一際訪れる者を拒絶するかのような荒々しいこの海を、人々は「新世界」と呼ぶ。
その新世界の中のとある海域は現在大嵐に見舞われていた。だがその荒々しい海をものともせず、勇敢にかつ極めて自由に航行する軍艦が一隻。
骨を咥えた可愛らしい犬を模したピークヘッドとは裏腹に、どこか豪快で逞しい印象を受けるのはこの弱者を拒む海を航るに相応しい人物が船の主であるが故か。
だがそんな軍艦ですらも、折からの強風と荒波に揉まれまるで小舟のように右へ左へと大きくその船体を揺らしている。


「ぶわっはっは!!こりゃまた、とんでもない大時化に出くわしてしまったもんじゃのう!」


揺れに揺れる軍艦の甲板に立って雨と波しぶきを被りながらも実に楽しそうに笑い声を上げてその海を眺める人物は、まるで犬の被り物のような帽子のつばをクイッと上げると未だ時化で暗雲立ち込める海を真っ直ぐに見据えた。


「中将ーーーーー!!」


そんな男の背後、見張り台にいた海兵が嵐に負けぬようにと声を張り上げて男を呼ぶ。
呼ばれた被り物の男は「なんじゃ〜?」とこの状況にしては些か呑気にも聞こえる声で返事を返した。


「前方に、船影確認しました!海賊船と思われます!!」


見張り台からの報告に、男は一瞬だけキョトンとしたものの再び大声で笑い出すと、


「ぶわはははは!こりゃあいい!こんな大時化に突っ込むとは、どこのうっかりさんじゃ!?」


と自分たちを棚に上げ、言葉とは裏腹に好戦的な光を宿した瞳でニヤリと笑った。
見張り台の海兵は再び双眼鏡を構えると、降り注ぐ雨粒で見えにくい前方に目を凝らした。
そして、


「……っ!!は、旗印は、白ひげ!!モビーディック号です!!」


そう、悲鳴にも近い声で報告する。
だがそれを聞いた男はますます豪快に笑うと、「砲弾持ってこい!!」と部下に命を下して再び前を向き、


「こりゃ久々じゃのう。いっちょ挨拶してやるとするか!」


と言って、その被り物に等しい帽子を脱ぎ捨てた。










事務室のプレートが掲げられた一室で、早朝からずっと続いていたタイプライターの音がようやく止んだのは、太陽が真上まで登って少しした頃だった。


「やっと終わったー!!」

「お疲れ様だよい。」


両腕を伸ばして解放感を全身でアピールするナツメは、自身のデスクにうず高く積まれた書類の山に目を向けると満足げに微笑んだ。

ちょうど数日前から月末の〆の書類作成を始めていた事務室の二人は、いつもならば3日近くかかるこの作業を今回は丸2日で終わらせて、残り1日をゆっくり過ごそうと結託して奮闘していたのだ。
それというのも、今いるこの海域は新世界にしては珍しくいつも比較的穏やかな気候である事を、航海士が書きためて来た日誌のデータからナツメが割り出したからである。
奮闘の甲斐あって見事大量の書類を捌ききった二人は、さてこれからの1日と少しをどう過ごそうかと雑談に花を咲かせ始めた。


「とりあえず隊長は羽干ししますよね?」

「どうするかねい。」

「いいえ!しましょう!」

「……何でお前ェが決めんだよい。」


ナツメの目論見などお見通しのマルコは、実は内心ではそれ程嫌では無いのだが、やはり年齢的なプライドでもあるのか中々素直にそれを認めない。
だから結局いつも彼女に押し切られた形になってしまうのだ。


「仕方ないねい、少しだけだよい。」


こんな形で。




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