サルビアのきもち

□十四
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リトルモビー1号が本船に帰還して数日が経過したある日の事である。


ぷるぷるぷる、ぷるぷるぷる。


さして広くもない八畳程の室内に、独特の粘着質な音が響いた。
その音に反応して、いくつかあるデスクの1つに座って書き物をしていたナツメが顔を上げ、受話器を取った。


「お電話ありがとうございます。白ひげ海賊団事務室、担当ナツメです。」


細身の体格で黒髪短髪に眼鏡という少年の様な外形にはそぐわない、鳥の囀りのような軽やかな台詞を吐き出した彼女は、書いていた書類の上に「入電記録」と書かれた帳面を広げ、時刻を記入する。


『だっはっは!元気そうだな、電伝虫の君!』


満面の笑顔を湛えた電伝虫の口から吐き出された台詞に、ナツメの眉間に僅に皺が寄る。


「…失礼ですが、赤髪海賊団船長のシャンクス様とお見受け致します。本日はどのようなご用件でしょうか?」


表情まで伝わってしまう電伝虫の特性を考慮し、彼女は努めて営業スマイルを崩さずに告げた。
しかしながら、相手にはそれすらもお見通しであったようで、ナツメの手元の電伝虫はさらに笑みを深くして


『なあに、暇だったから麗しの電伝虫の君の声を聞こうと思い立っただけだ。』


などと宣う〈のたまう〉ものだから、不在の間に溜まってしまった書類作業を中断してまで応対したナツメの額に僅に青筋が垣間見える。
向かいのデスクで同じく作業していた1番隊隊長はその凶悪な顔にビクリと肩を揺らしたが、下手に口出しをすれば要らぬ火の粉を被るのでおとなしく成り行きを見 守った。


「またまた、相変わらずご冗談がお上手ですねシャンクス様取り立ててご用件が無いのでしたら無駄話は後日にお願いいたしますまぁそんな日は永久にやってこないですから安心して出来れば永遠に覚めない眠りについてくださいませそれでは失礼いたします事務室担当ナツメがお伺い致しました。」


がちゃ。


またまた独特の粘着質な音を立てて沈黙した電伝虫に、ナツメは某海軍大将も真っ青な凍り付きそうな視線を投げ掛けたあと、再び書き物に手を付けた。
そんなやり取りの一部始終を見守っていた正面に座る1番隊隊長は冷や汗の伝う自身の背中に気付かないふりをしつつ、


(…おっかねぇ、よい)


そう、心の中でごちた。
そんな上司の内心など気付きもしない様子のナツメは、山積みになった書類から1枚手に取ると恐ろしい早さで、いつもより少しだけ荒々しくタイプライターを叩き出した。

以前モビーを訪れた時に会ったシャンクスという人物は、一応「敵船」の船長であるにも関わらず時折こうして意図の分からない電話をしてくる。
目的がよく分からないながらいつも適当にあしらってはいるものの、今回ばかりは激務の最中であった事も災いして、ナツメの機嫌は一気に悪化した。
それをひしひしと肌で感じ取ったマルコは、今日の分の仕事が終わったら秘蔵のラム酒でも振る舞って部下のご機嫌取りをしようと心に決めた。





やがて夜になり、マルコから酒に誘われたナツメは夕食を軽く済ませて部屋に戻ると、チェストの最上段の鍵つきの引き出し(エース対策)を開け、秘かに隠しておいた菓子を取り出し部屋を出る。


「お、ちょうど呼びに行こうと思ってたんだよい。」


マルコもほぼ同時に部屋を出てきたらしく、二人は互いにそれぞれ手に持っている「獲物」を見てニンマリすると歩き出した。


「あ、すみません隊長。甲板に行く前に船長室に寄ってもいいですか?」


少し歩いた所でナツメが言い出した言葉にマルコは首を傾げながら、


「こんな時間に親父に用かい?」


と問い返した。するとナツメは珍しくにへらと弛んだ顔をして「違いますよ〜」と語り出した。


「ステファンこの時間なら親父様の所にいるんです。今日はまだモフモフしてないから、ちょっとだけ連れて行こうかと…」


それを聞いたマルコは少々呆れ顔で「成る程ねい」と相槌を打つ。
確かにナツメは、マルコがたまに部屋を訪れるとよく枕元の白熊に顔を埋めているし、不死鳥化した自分にもよくまとわりついてくるので、元々フワフワとした物が好きなのは十二分に承知していたのだが、ことステファンが家族になってからは特にそれが重症化している気がする。
それに以前だったら何かと言えば自分に「不死鳥でモフモフ」と要求してきたのに、考えてみれば最近は全くと言っていい程に頼まれない。


(………………何か、面白く無ェよい。)


何となくだが、モヤモヤしてしまう1番隊隊長なのであった。





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