サルビアのきもち

□十三
1ページ/3ページ


レイリーとの話を終え店を出たナツメの目の前で、突然マルコが不死鳥に変形した。
ステファンのリードを持ったまま不思議顔をして突っ立っている彼女に、マルコは不死鳥のまま「乗れよい」と言うと、ゆるりとその輝く体を低くして促した。
特段拒否する理由も無いナツメはステファンを抱っこすると大人しく、目の前のその柔らかな背中へと乗る。彼女の腕がしっかりと自身の首に回るのを確認すると、マルコはステファンを怖がらせない様にとゆっくりと浮上した。

不思議なもので、マルコのこの姿を見るのも、ましてその背に乗るのも初めてのはずのステファンは、ナツメの両腕に囲われマルコと彼女の間に挟まれる形でおとなしく伏せの姿勢のまま鼻をスンスンと鳴らしている。

二人と一匹は沈黙のまま暫し空の散歩を楽しみながら船を目指していたが、不意に前を見据えたままのマルコが口を開いた。


「…この島は、特殊な島でねい。今でも人身売買が横行してんだよい。」

「人身売買……」

「お前ェも本で読んだろい?……『天竜人』。」


確か、この世界を統一した王の末裔だったか…とナツメが記憶を掘り起こしているなか、マルコが説明を続ける。


「単なる人買いならまだしも、あんなのに目ぇ付けられたら厄介なんだよい。…それに、今日のお前ェは変装して無ぇだろい?土地柄政府関係者も多いから、用心に越した事ぁ無ェ。」


つまるところ、マルコなりに彼女の心配をして、飛んで帰る事にしたらしい。
そんな上司の気遣いに気が付いたナツメは、ステファンを潰さない様にしつつ両腕に少しだけ力を込め、不死鳥の柔らかな羽毛で覆われた首をきゅっと抱き締めた。
そしてそのまま、耳元で聞こえる熱の無い炎が燃える音を聞きながら、小さな小さな声で、


「…ごめんなさい。」


そう呟いた。
マルコは特に返事をする事も無く暫く黙って飛んでいたが、やがて遠くにリトルモビーが見え始めた頃ようやくその嘴を開いた。


「なぁ、ナツメ。」

「…はい。」

「焦んなよい。…お前ェはお前ェのペースで行きゃいいんだい。……お前ェにしか、出来ねえ事が有んだからねい。」


穏やかに、決して責める様な口調では無く、優しく諭す様に言うマルコは、鳥の顔のまま僅かに微笑んでいる。
ナツメは、普段は何でも器用にこなしてしまうこの上司の、こうしてたまに見せる不器用な優しさに改めて感謝の念を抱き、


「…私、隊長のそういうとこ、凄く好きです。」


と口にした。
途端、安定して飛行していた不死鳥はガクンとバランスを崩し、慌ててバサバサと羽ばたいたのだった。




船に戻ったナツメは、自身を見付けるなり半泣きで駆け寄ってきた弟の背骨が軋みそうな程に力強い抱擁を受けた後、さらには珍しく顰めっ面をして説教をするナミュールの洗礼を受けた。
だが説教をしながらも、ここ数日のナツメに見られたどこか不安定な空気が無くなっている様子に気付いたナミュールは、彼女を連れ帰ったマルコの顔をちらりと伺った。
その1番隊隊長の顔は、ごくごく僅かにだが赤らんでいるように見え、ナミュールはこれは珍しいものが見られたと心中で秘かに笑ったのだった。









上陸していたクルー達が全員戻り船のコーティングも完了したリトルモビーは、出航するとすぐに潜行を始め、いよいよ新世界で待つ愛すべき家族達の元への本格的な帰還の途に着いた。

ほんの一月程も離れていない筈なのに、何故か随分長いこと会っていないようにすら思える家族達の顔を思い浮かべ、ナツメは深海へと向かう船の甲板でマングローブの森を眺めながら、改めてその胸に決意を抱いた。


一歩一歩でいい。

少しずつでもいい。

強くなりたい。


彼女の決意を秘めた横顔を少し離れた場所から見詰めていたマルコは、一つため息をつくと声を掛ける事無く船内へと入っていった。






.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ