サルビアのきもち

□十一
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陸上では失神したままのフォクシーが救護所に運ばれ、閉会の準備が始まろうとしている頃、上空からナツメに近付いたマルコは目の前に広がる光景に思わずごくりと喉を鳴らした。


「こりゃ……まずいねい。」


眼下にあるナツメの周りの空間は、まるで蜘蛛の巣の如く四方八方にヒビが入り、蓄積されたその歪みのエネルギーは今にも破裂しそうな程だ。
フォクシー海賊団の船大工達も修理に入りたくとも恐ろしくて近寄れないのか、上陸用の桟橋の手前で様子を伺っている。
もちろん、先程の彼女の能力を見る限り、迂闊に接近すれば如何に不死鳥のマルコと言えどただでは済まないだろう。
だがエースに言った通り、このまま大黒天の能力が暴走するのを放っておけば間違いなくリトルモビーにも被害が及ぶ。
それだけは絶対に避けねばならなかったし、何よりナツメ自身がそのような事態は望まないはずだ。
意を決したマルコは出来るだけ気配を押し殺して彼女の背後に降り立った。


「………ナツメ。」


努めて普段通りの声色を意識して、見慣れた小さな背中に声をかけるが、彼女には聞こえていないのかピクリとも反応しない。
仕方なしにため息をつくと、マルコはいつでも不死鳥に変形出来るようにと細心の注意を払いながら距離を取りつつ正面に回る。


「…ナツメ?」


そうしてもう一度彼女の名前を呼ぶが、やはり虚ろな瞳は僅かな揺らぎすらも見せずに、ただただぼんやりと虚空を見据えている。
その間にも彼女を取り巻く空間の亀裂は広がり続けており、このままでは少し離れて立っているマルコの所にもその範囲が及ぶであろう。


「チッ!世話が焼けるよい。」


どのみちこのままではらちが明かないと判断したマルコは、大胆にその足を踏み出し一気に距離を詰めるとナツメの肩を少々乱暴に掴む。そして力を入れてしまえば砕けそうなその細い肩を揺すりながら


「おい、ナツメ!しっかりしろい!」


と怒鳴った。だがそれでもなお、彼女は定まらぬ視線を右往左往するだけだ。
そうしている間にも彼女を中心とした亀裂は徐々に広がり、最早一刻の猶予も無い。
マルコは再度仕方無さそうにため息を溢すと腹を括った。


「やむを得無ェ、ない。」


失敗すればこの至近距離だ、いくら再生能力に優れているマルコだって無事では済まされないだろう。
ぐっとその骨ばった大きな掌を一度握ると開き、マルコはそれを振り上げ


……パァン!!


と乾いた音を響かせて、ナツメの頬をひっぱたいた。そしてもう一度彼女の肩を掴むと揺さぶりながら語りかける。


「しっかりしろい!ナツメっ!このままじゃリトルモビーまで壊れちまうよい!」


マルコのその叫びが届いたのか、それまでぼんやりと視点が定まらなかった漆黒の瞳が揺らぎ、それと同時に元々色白な彼女の頬がみるみる赤くなる。
普段なら瞬時に下るはずの『天罰』が起こらず、ナツメは黒い瞳をゆらゆらと揺らめかせながら薄く唇を開いた。その一瞬の揺らぎを逃してなるものかと、マルコはもう一度力強く彼女の名を呼んだ。


「ナツメっ!!」

「…マ、ルコ…隊、長……?」


底深い闇色の瞳に光が戻り、ようやくナツメは目の前の頼れる上司の姿を認識する。


「…戻ったかよい?」

「……………に。」

「…ん?」


掠れた声で何か呟いた彼女に、マルコは首を捻って聞き返した。
ナツメは赤くなった頬に手を添えると再び口を開き


「…親父様にも、殴られた事無かったのにぃっ!」


と、某アニメの如くやや芝居がかった口調で叫んだ。
一瞬ぽかんとしたマルコは次いでニヤリと笑うと、


「…そりゃ、初体験、おめでとうだねい。」


と女性を殴った事にはまるっきり自責の念が無さげに言って、ようやく彼女らしさの戻った部下の頭をひと撫でしたのだった。



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