サルビアのきもち
□六
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ウォーターセブンのログは一週間で溜まる。そしてリトルモビーの修理もまた一週間で終わるという事で、一行は船をガレーラカンパニーに預けホテルを取った。
久々に陸の布団で寝られる、と初日は皆早々にベッドに入った。
しかしながら、ワーカーホリックのきらいのあるナツメとマルコは、上陸二日目にはホテルに書類を持ち込んで事務仕事を始めてしまった。
だが、当然の事ながらそれに不満を露にしたのが重度のシスコン男である。
「なー…いいだろ〜?」
「…シム達と行けばいいじゃない?」
「やだ!ナツメがいい!」
ホテルの一室、マルコの部屋でこんなやり取りをずっと繰り返しているこの姉弟。
エースはナツメと出掛けたいと駄々をこね、ナツメは目の前の仕事をしたいと外出を渋っているのだ。
最初は気にしないで書類をこなしていたマルコだったが、もうかれこれ二日はこんな事の繰り返しでいい加減嫌気がさしてきたらしく、大きなため息をついた彼は口を開いた。
「…ナツメ、ここはいいからたまにはそこの馬鹿に付き合ってやれい。」
「ほら!マルコもこう言ってんだし、いいだろ?」
「そこの馬鹿」に突っ掛からなかったエースは少し大人になってスルースキルが上がったのか、はたまたそんな事よりもナツメと出掛ける事だけを考えているのか……恐らくは後者であるが。
マルコはそんなエースをギロリと睨むと、
「ただし、騒ぎは起こすな、目立つな、食い逃げするな、を守るならばねい。」
と釘を刺す。エースはナツメと出掛ける為ならば、と珍しく素直に頷くと、
「じゃ、俺準備してくる!」
と彼女の返事も聞かずに部屋を飛び出した。
残されたナツメはマルコをじとりと睨むと、
「……押し付けましたね?」
と不満を漏らした。だがマルコは涼しげな顔で
「何の事だよーい。俺ぁ弟思いな優しい兄貴なんだよーい。」
と言いながら、ようやく静かになった部屋でバサリとテーブルに新聞を広げると、休日のお父さんの如く黙々と読み始めた。
そのマルコの姿にナツメはこれ以上ゴネても無駄だと悟り、ため息をつくと仕方無しに変装をする為に部屋に戻ったのだった。
部屋に戻ったナツメは面倒くさそうに着替えを始める。
別にエースと出掛けるのが嫌な訳では無く、どちらかというとこうして一々変装をしなければならないのが面倒なのだ。
だがこれも身を守る為だから仕方がない、そう自分に言い聞かせながら手早く化粧まで済ませる。
そうこうしているうちに、部屋の扉をノックする音と、次いで彼女の名を呼ぶエースの声が聞こえた。
エースに少し待つ様に言うと、ツインテールにしたカツラを被り姿見で全身をチェックする。
「…………痛々しいわ。」
鏡に写る自身の格好に肩を落として嘆くと、ベッドに置いていたバッグを手に取り扉を開けた。
「………………。」
…ぱたん。
扉を開けた先には、何故かヒゲメガネをかけて、無駄にホストくさい赤い柄シャツに金ジャラネックレスを付けた人物がいたものだから、ナツメは無言で扉を閉めた。
「お、おいっ!ナツメっ、俺だって!」
途端、扉の向こうから慌てた様なエースの声が聞こえ、彼女は再びそれを開いた。そして目の前の弟らしき人物を上から下までじっくり観察すると、若干の目眩を覚えながら口を開く。
「…エース、その格好…」
「へへっ!目立たない様に、俺も変装してみた!」
(………ヲイ。)
「なんか、お忍びデートみたいだなっ!」
(いや全然忍んで無いから。むしろ超目立っちゃうから。)
ナツメの心の叫びとは裏腹に、ニコニコとご機嫌なエースは脱力している彼女の手を取ると、意気揚々と街へ繰り出した。
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