サルビアのきもち

□四
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魚人島へ向けて航海するリトルモビー1号は、現在その準備の為にとある無人島に接岸中である。春島らしいこの島は気候も穏やかで過ごしやすい。そんな中、船大工達は総出でコーティング作業なるものに追われている。
普通はシャボンディ諸島なる場所で業者にコーティングをして貰うらしいのだが、流石は世界最強の白ひげ海賊団、わざわざそんな事をしなくても船大工達にその技術があるらしい。
従って船大工以外のクルーは各自仕事なりダラケるなりしながら作業が終わるのを待っている。


「…釣れませんねー。」

「…だなぁ。」


そんな中、特に仕事も無いナツメは海側の船縁に腰掛け、ナミュールと海面に釣糸を垂らしていた。
サッチ率いるモビーディック本船のコックならいざ知らず、外輪船のコック達にエースの胃袋を把握するのはまだ難しいらしく、微妙に不足し始めた食糧を見て姉としてちょっぴり責任を感じたナツメは、数日前からこうして食糧調達の為の釣りに参加している。ちなみに事態を引き起こした張本人であるエースはシムとワーズを引き連れて、島にある森に狩りに出掛けている。
しかし中々思うように釣れず、ふぁ…と欠伸を溢した彼女の背後では、不死鳥姿のマルコが翼を広げて呑気に日向ぼっこをしている。
実はナツメが来る以前はこうして人目に付かぬ場所で日向ぼっこするのが秘かに楽しみだった1番隊隊長は、彼女に正体がバレた後は開き直り、時折こうして羽干しをしている。
いわく、


「ナツメ、動物系ならではの悩みも有るんだよい。」


との事だが、同じ動物系でも元がヒトヒトの実であるナツメにはさっぱり理解出来なかった。
元々細いその目を閉じてうっとりとした表情を浮かべる不死鳥は喋らなければ非常に可愛らしいのだが、生憎と中身はオッサンな為、うかつにナツメがモフろうとするならば即座にセクハラスレスレの行動を起こすか悪意有る呟きを溢すので、仕方なしにそれを横目で見て愛でるだけに留めているナツメ。
そんなナツメにナミュールはナミュールで、


「大黒様の『強運』はどうしたんだよー?」


と些か他力本願な発言を溢しているこの光景は、船にはためくジョリーロジャーさえ無ければとても海賊船とは思えない程に長閑なものだった。
だが、そんな呑気な時間は永続きはしないのは、この海賊団に所属するクルーならば誰もが知っている事である。
案の定、然程も時が経たぬうちに騒ぎは起きる。


「ナツメナツメっ、引いてる!引いてるって!」


ニヘラと弛んだ顔をして眠る不死鳥を眺めていた彼女は、ふいに掛けられた声にビクリとして前に向き直った。声を掛けたナミュールはナツメの持っている竿のしなる先端を指差して「こりゃ大物だ!」と嬉々として叫んでいる。


「うわっ、ちょ、重い、なぁ!」


海に竿が持って行かれ無い様にと必死に力を込めるナツメだが、まるでそれを嘲笑うかのように釣糸と繋がれた形で海面に姿を現したそれ。


「か、海王類だーーー!!」


誰かが上げた叫び声に弾かれた様に彼女が視線を移せば、そこには鼻先に釣り針を引っ掻けた大蛇の様な姿の海王類がいた。


「なんでこんな近海に!?」


そう言いながらも律儀に竿を引こうとするナツメだが、この生真面目さが逆に仇となった。
海王類は何が起こっているのか分からぬ様子でキョトンとした後、違和感があるのだろう鼻をひと啜りすると踵を返し海に戻ろうとしたのだ。
当然の事ながら竿を持つナツメの腕は海に向かって強く引っ張られるが、離せばいいのに半ばパニックに陥っている彼女はむしろ離さんとばかりに竿を強く握り締めた。
結果、竿を持ったまま彼女の身体は勢いよく海側に投げ出される。
ナツメは無意識にだが落ちてはなるものかと働いた思考で、視界に映ったロープの様な物をむんずと力一杯掴んだ。


「ギャーーーー!!」


ポカポカと心地好い日光を浴びてご機嫌に微睡んでいた不死鳥は、突如襲いかかった激痛に叫び声を上げた。
運の悪い事にパニックに陥ったナツメに力一杯尻尾を掴まれてしまった不死鳥は、その痛みで夢心地から一気に覚醒すると本能で必死に羽ばたいた。
だがいくら羽ばたいてもいっこうに痛みは消えないばかりか上昇すらしない自身を不思議に思い眼下を見れば。


「わぁぁぁ!落ちるー!!」


と尻尾にぶら下がるナツメがいて。


「テメェ何してんだよい!痛ェよい!」


マルコは不死鳥の瞳からボロボロと生理的な涙を溢しながらもナツメを睨み付ける。
だが、カナヅチであるナツメだって他にすがるものが無いのだから必死だ。
ぎゅむ、と不死鳥の尻尾を握り締めて、


「た、隊長!落ちる!落ちます!」


と彼女にしては珍しく叫び声を上げる。
しかしマルコだって必死だ。ヒトには想像もつかないだろうが、尻尾というのは非常に敏感だ。そんな場所を力一杯握り締められた上、いくら小柄だとは言え大人一人がぶら下がっているのだから、最早自慢の美しい尻尾が千切れるのも時間の問題である。


「ち、千切れるよい!離せよい!」

「嫌です!離したら私、死んじゃうじゃないですか!」

「尊い犠牲に合掌してやるよい!だから離せよい!」

「ひどっ!鬼っ!悪魔っ!パイナップルっ!」


ぎゃんぎゃんと罵り合う1番隊コンビを、浜辺からイノシシらしき獲物を担いだ2番隊トリオが生暖かい目線で見守っていたなど、本人達は知るよしも無かった。




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