サルビアのきもち

□一
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新世界のとある秋島に、商船が集う貿易港がある。
その島は「白ひげ海賊団」の縄張りとされ街の中央には、三日月形の髭が特徴のジョリーロジャーが掲げられている。
しかし、海賊の縄張りとは言え治安もよく平和で、安定して交易が出来る為に港は栄え、海軍としてもその支配を事実上黙認していた。
だが、先日その平和な島で「とある事件」が起きた。
貿易港に停泊中の商船として登録されていた船は実は海賊船で、しかも最悪な事に100年前に絶滅宣言が出されたはずの病原菌を用い犯罪を企てていた、というのだ。
更に、その海賊船と裏取引をし商船としての登録を行ったのが、自分の管轄下の部隊であった事に、海軍大将青雉は目眩を覚えた。

王下七武海である海狭のジンベエを通じて匿名でもたらされたその情報から、直接真偽を確かめるべく現地入りした青雉は先に到着していた近隣の駐屯地の将校からの説明を聞き終えた後、その船のあちこちを見て回っていた。


「…あららら。こりゃまるで拷問部屋じゃない。」


船底に近い倉庫の様なその部屋で、青雉はそう呟いた。
部屋には血にまみれた角材や鎖、鞭の様な物から果ては薬物まで、ありとあらゆる物騒な道具が放置されていた。
また床には血痕や、何かを引きずった様な痕まで残されており、この部屋でいかに凄惨な行為が行われていたのかを如実に表していた。


「…海狭のジンベエ、白ひげ海賊団、海軍、感染症……ねェ。」


青雉の脳裏に、一人の女の姿が浮かぶ。


「……忠告、したんだけどなァ。」


そう呟いた彼は、床に残された乾いた血痕をひと撫ですると立ち上がり、足早にその部屋を後にした。













「…っあー、いててて…。」


松葉杖をついて歩く彼女、ナツメはズキズキと痛む身体に辟易しながら食堂を目指して歩みを進める。
モビーに帰還して丸一週間寝たきりだった彼女は、
船医クロエからようやく歩く許可を取り付け、馴れない松葉杖を駆使して長い廊下をいつもの倍以上の時間をかけて歩いていた。
途中途中ですれ違うクルー達から「大丈夫か?」とか「手伝おうか?」とか優しい言葉を貰うにつけ、ナツメはこの場所に帰ってこれた事に改めて感謝の念を抱いた。

四苦八苦しながらようやく到着した食堂は、朝食も終わりの時間に差し掛かっているものの活気が溢れており、その空気を味わうだけでも元気になれそうだ、と彼女の口許が緩む。
入り口に突っ立ってそんな事を考えているナツメに気が付いて、珍しくちゃんと朝食を摂っていたマルコが手招きをしている。
呼ばれるままにマルコの隣に座ると、予め準備していてくれたのだろう、サッチが彼女の前にトレイを置いた。


「ナツメちゃん、俺様特製カルシウム御膳、召し上がれ!」

「…何だよい、カルシウム御膳って。」

「ナツメちゃんの可愛い膝小僧が早くくっつく様に、っつースペシャルメニュー!」

「もうちっとマシな名前無ェのかよい。」


膝の皿を骨折してしまったナツメにと、サッチが用意してくれた特別メニューを「いただきます」と手を合わせて食べる彼女の横では、相変わらずの軽快なトークが展開される。
そんなこの船の「日常」に堪らない愛しさを感じながら、ナツメは朝食を頂いた。


「…ところでさ、ナツメちゃん。」


彼女が食べ終わるのを見計らってサッチがニコニコと話し掛ける。
コーヒーを啜りながら「なんですか?」と首を傾げる彼女に、サッチはニヤニヤと含みのある笑みを浮かべながら口を開いた。


「不死鳥の乗り心地はどうだった?」

「……ブッ!」


サッチの口から発せられた言葉に、隣にいたマルコがコーヒーを吹き出した。


「うわっ!マルちゃんエンガチョ!」

「うるせェよい!テメェこそいきなり何なんだよい!」


指を交差して騒ぐサッチに、汚れた口許を拭いながらマルコが抗議の声をあげる。
それもそのはず、マルコはナツメに自分が不死鳥である事をつい最近までひた隠しにしていたのだから。
だがサッチはそんな彼の抗議など意にも介さず、


「びっくりしたでしょ、まさかマルコだったなんて。」


とナツメに向かって話を続ける。
話を振られたナツメはうーん、と少し考えた後、至極真面目そうな顔をして、


「まぁ確かに驚きましたね。…まさかマルコ隊長が実は鳥だったとは。あ、でも私は気にしませんよ、鳥が人間に変身しても。…むしろ奇抜な髪型が鶏冠だったと分かって納得しました。」


と答えた。
その彼女の回答に二人は暫し呆然とした後、片方は爆笑しながら、もう片方は盛大に顔をしかめながら、


「「逆だ(よ/よい)!」」


と全く同じ返答をした。

爆笑し続けるサッチの足をテーブルの下でゲシゲシと蹴りつけながら、マルコは青筋を浮かべた顔で必死で説明する。


「成る程、つまり私が食べた悪魔の実と似たようなのを食べたんですね〜…」

「…そうだよい。まぁ俺のはトリトリの実だがねい。」


ようやく解けたらしい誤解に安堵しつつ、マルコは冷めてしまったコーヒーを啜った。





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