サルビアのこころ
□拾捌
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カリカリカリカリ…
青い羽ペンを軽やかに走らせながら、ナツメはいつも通りに書類作成に勤しんでいる。
ただ、いつもと少しだけ違う点が有るとすれば…
「あ"づ い"……」
いつも仏頂面…もといクールな彼女にしては珍しく「うへぁ」という顔を隠そうともせず、先程から上記の台詞を繰り返している所であろうか。
「おかしいねい。次の夏島まではまだある筈なんだが…」
いつもより航路を南にとっているせいかねい…そう呟いたマルコはイゾウから借りてきた扇子をパタパタとしながら返却書類のチェックをしている。
ナツメがそんなマルコのそよそよとそよぐ金髪を眺め、「後頭部、涼しそう…」などと考えているとすかさずマルコの目がギロリと光り、
「今失礼な事考えたろい。」
と、パシリと音をたてて閉じた扇子でペシンと額を小突かれた。
毎度毎度この隊長は何で人の考えを読めるのだ、と思いながら
「だって…」
と彼女が何か言いかけた時、事務室の扉がガチャリと開き首からタオルを下げたエースが顔を出した。
「…何してんだ?」
ナツメの額にいまだ当てられたままの扇子を不思議そうに見て、エースは質問する。
「こいつが失礼な事考えたんだよい。」
「いやだって、事実涼しそうだし。」
律儀に答えるマルコの頭を指差して反論するナツメに「ほう…」と再び剣呑な雰囲気を醸し出すマルコ。
そんな二人の様子に苦笑いを浮かべ、
「ああ…、ナツメ髪の毛伸びたもんなぁ。」
と彼等を見比べながら、エースにしては珍しく至極真っ当な発言をした。
事実、ナツメがこの船に乗ってから先日で遂に一年が経過したが、出会った頃は肩の下程度だった彼女の髪は大分伸び、今はもう背中の中頃まである。
その髪を縛っていたゴムを外し頭をフルフルと振り、汗ばんだ髪の毛に空気を入れながら、ナツメは
「そうなんだよー。もう暑くて暑くて。」
と心底嫌そうな発言をする。
「なら、切っちまえばいいじゃねぇか。」
当然ながらエースからはそんな発言が出る訳だが、それに対して彼女は「うーん…」と唸るだけだ。
「…何か、切れない理由でもあるのかよい?」
そんな彼女を見て、今度はマルコが疑問を持つ。何か願掛けでもしているのだろうか、と。
「いや、昔はね、ずっと短かったんだよ。…ハルたんより短かったかなぁ。」
「へェ、そりゃ…」
さぞかし野郎に間違われたこったろうない、と思ったが口に出さない俺エライ…とマルコは心の中で自画自賛中だ。
「ただねぇ…」
「なんだよ?」
彼女が少し濁す様な口振りをしたのが気になるらしいエースが「教えろよ」とナツメを急かしている。
「………旦那が、」
「あ?」
あ、嫌な予感だよい、とマルコは思った。大概このテの話を女に振ると録な答えが返って来ないという事を長年の経験から知っていた彼は、それとなく視線を外すと仕事を再開する。
だが、その辺りがまだまだお子様なエースは再び「なんだよー?」と続きをせがんでいる。
聞かれたナツメも満更でも無さそうだから、やはり彼女も女なのだな、とマルコは思った。
「旦那が『長い方が好みだ』、って言うから…。」
「……はぁ?」
「だから、」
「いやいい!一度でいい!ってかそれだけ?」
頷く彼女に「単なるノロケかよー!」と不機嫌丸出しに言う辺り、まるっきり「姉の旦那に嫉妬する弟」の構図で、傍観していたマルコは「ククッ」と笑いを溢した。
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