サルビアのこころ
□拾壱
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マルコに半ば強制的に助手を宣告された次の日には、ナツメの部屋兼物置から不要物が運び出された。
元々広いが故にガラクタが積み上げられたその部屋は片付ければ2部屋分はある事をマルコは知っていたので、船大工にその部屋を改装してもらい片方を4.5畳程のナツメの自室に、もう片方を8畳程の「事務室」にと分割した。
ちなみにその更に隣は実はマルコの自室だったので好都合だ。
さすがは白ひげ海賊団の船大工、あっという間に改装された部屋には次々に道具が運び込まれた。
部屋を入ったすぐの所には背の低いチェストがカウンター状に設置され、書類を提出したり出来る様にと箱がいくつか設置された。
そのカウンターの後方には、向かい合う様にデスクが四つ並べられていて、そこを定位置にするのは現状マルコとナツメの二人だけだが、残りのデスクのうちの一つにはありとあらゆる柄や種類の電伝虫が並び、通信関係もこの部屋で一括出来る様になっている。
また、扉側の面と窓を除いた壁一面は書棚となっており、事務仕事に必要な資料や一時保管等の書類がファイリングされて整然と並んでいる。
これら事務室の有り様は、全てナツメがかつていた会社の事務室をマルコが聞き出し再現したものだ。
海賊船の一画に突如出現したオフィスの様なその部屋の扉にはまさしく「事務室」のプレートが掲げられ、白ひげ海賊団のデータの全てがこの一室に集結している事を物語っていた。
そしてそれから2ヶ月が過ぎた今朝、既に慣れ親しんだデスクの前でナツメは毎日の習慣となった各隊のスケジュール、ナースのシフト表、果ては航海士の書いた日誌に目を通している。
そこにドアの開く音がし、これもいつも通りとなった眠そうな顔の、しかし2ヶ月前ほど隈の酷く無いマルコが「おはよぃ」と言いながら現れた。
「おはようございます、マルコ隊長。コーヒーどうぞ。」
「ありがとよい。」
ナツメが毎朝の定型となった挨拶を返し、デスクに着いたマルコに既にスタンバイしていたコーヒーを差し出す。
期間限定とは言え正式に事務員という立場になった彼女は、一応助手という事で1番隊の仮所属という事で落ち着いた。
それと同時に「上司になるわけですから。」と各隊長の呼び名も「○○隊長」と変えた。
ハルタ等はそれに不満を顕にしたが、仕事中以外はでは変わらず「ハルたん」と呼ぶ事でしぶしぶ合意したようである。
マルコも来た事だし、さて本日のお仕事を…とナツメがカウンターの箱を取りに席を立った時、デスクで仲良く並んで眠っていた電伝虫のうちの一匹がパチリと目を開き、独特の声で「ぷるぷるぷる…」と鳴き出した。
デスクに座っていたマルコがその電伝虫を見て「外線2かよい…?」と呟く。
ちなみにこの部屋の電伝虫は四つに分けられていて、内線1は船長室と医務室直通、内線2は船内各所、外線1は外輪船と傘下の海賊団、と決まっていて今鳴っている外線2はそれ以外の外部からの入電である。
だからマルコは電伝虫を取ろうとしたナツメを左手で制し、一呼吸置いたのちにそれに手をかけた。
「………もしもしよい。」
ナツメは(今のは「よい」いるのか?)と考えながらマルコの様子を伺うが、警戒がにじみ出る彼とは対称的に、その電伝虫は実に陽気な顔と声でベラベラ喋り出した。
『おっ?その声は1番隊のマルコか?マルコだな?』
「………。」
『だーっはっは、どうだ、元気でや』
がちゃ。
(切った!切ったよこの人!)
ナツメが呆気に取られているのを見て、マルコが「入電なんて無かったよい☆」と言わんばかりの実に爽やかな笑顔で、
「何だよい、仕事するよい。」
と言ってデスクに戻ろうとした。
しかし。
ぷるぷるぷる…ぷるぷるぷる…
「…チッ!」
(舌打ち!舌打ちした!)
再び鳴り出して止まない電伝虫に悪態をついて、マルコは苦々しい顔を隠そうともせず再び電伝虫を取った。
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