サルビアのこころ

□拾
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「踏み込みが甘いぞ!」

「…っはい!」


モビーディック号の甲板は今、お馴染みとなっている2番隊とナツメの合同稽古が行われている。
つい先日仲間に入ったエースも2番隊に配属されて参加しているのだが、彼の場合メラメラの能力を使わなくても強すぎるので、もっぱらシムが相手をする様になっていた。
そうなるとナツメの相手をするのは自然と他のクルーになるわけで、本日の彼女のお相手はあのスキンヘッドだ。
ちなみにスキンヘッドの名前はワーズというが、これは実はニックネームで、本名は厳つい外見に似合わずフランソワーズという名前だという事をナツメは最近知り、仏頂面がデフォルトの彼女にしては珍しく腹を抱えて大笑いした。


「…遅い!」

「ぐっ!」


そんなナツメの腹にワーズの蹴りが決まり、小柄な彼女の身体が船縁までぶっ飛んだ。
それに気が付いたエースが慌てて駆け寄り、抱き上げる様にして助け起こした。

エースは白ひげ海賊団に入る事を決めた日から何かが吹っ切れたらしく、以前の様な刺々とした雰囲気が薄れ、恐らくはそれが彼本来の性格なのだろう素直な言動を見せる様になった。
従って彼は早くに心を開いたナツメに対しては、素直になった分それまで以上になついており、スキンシップも日に日に増えている為に、先ほどの様な光景を頻繁に目にする。

それに対して疑問を持ったワーズは、今だ彼女の背を撫でながら「大丈夫か」と聞いているエースに向かって恐る恐る口を開いた。


「…なぁ。エースってもしかして、……ソッチの気かあんのか?」

「…ぶっ!」


途端に側にいたシムが吹き出し、エースは言われた意味が分からないらしくキョトンとしている。
監督の為に後方にいたマルコが「まだ気付いてなかったのかよい。」と呆れ混じりの声をあげ、同じく居たサッチは「むしろ知ってて手加減しないシムが俺様怖いっ!」と驚きの叫びをあげた。
エースはそれでもまだ分からないらしく、


「ソッチって何だよ?自分の姉ちゃんの心配すんのが何かおかしいのかよ。」

「姉ちゃん!?」


と、ちょっとムッとしてワーズに噛みついている。
だが、彼のその発言に食い付いた者から多数声があがる。

そう、エースが仲間になった日の夜、歓迎の宴が催され、ナツメは甲板の隅っこでイゾウとチビチビと飲んでいたのだが、突然現れた主役であるエースに無言で盃を手渡され、有無を言わさず飲まされた。
そして彼女がその酒を飲みきるや否や、エースは


「これで俺たち、姉弟だからな!盃を飲み交わしたら義兄弟になるんだぞ!」


と言い放ったのだ。
もちろんエースはナツメにとって家族と言える存在がいない事や、自分自身がナツメのお陰で踏み出せた事を鑑みて気を効かせたつもりだったのだが、ナツメからしてみれば嬉しいのは勿論だが、元々本来は『妹』なので何とも気恥ずかしいもので。
だから、こんな公衆の面前で「姉ちゃん」と言われた事に僅かに羞恥を覚え俯いた。

しかし、忘れてはいけない。

この場には、ワーズを筆頭にナツメを今まで少年だと思い込んでいた面子がいるのだ。


「な、何言ってんだよ、エース!」

「そうだぞ!いくら陸から遠のいて飢えてるからって、現実を見ろ!」

「そうだそうだ!…確かに、ナツメってちょっと可愛いからお世話になったりするけど…」

「最後に言った奴前に出ろい。」


どさくさに紛れて群衆から聞き捨てならない声が聞こえてきて、マルコの額に青筋が立った。
しかし話が進まないと思ったシムが1番隊隊長を華麗にスルーして、


「…組手までしていて気付かないとは、どうかしている。コイツは女だぞ。…しかもいい年だ。」


などと言い放った。


「ちょ、年関係無くない?」


ナツメが抗議の声を上げたが、サッチにいい笑顔で肩を叩かれた上に「ア・ラ・サー☆」と言われ、彼女はシム直伝の正拳突きをお見舞いした。
だがそんな彼女の反応などは眼中に無いのか、ワーズは盛大にキョドりつつ「いやまさかあり得無ぇ!」と叫びながらナツメに近付くと、


「第一、胸が無ェだろう!?」


と彼女のささやかな甘食レベルの胸をむんずと掴んだ。


「火拳ー!」
「やってやるよい!」


哀れフランソワーズは、猛者二人の餌食となり甲板に沈んだ。
ちなみに掴まれたナツメ本人は無言で灰になり、隣にいたサッチに「貧乳はステータスだ!」と訳の分からない励ましを貰っていた。






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