サルビアのこころ

□捌
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満月が煌々と輝く夜、ナツメはいつものお気に入りの場所…、積み上げられた酒樽の陰に歩みを進める。
そこはある種の資材置場と化しており、滅多に人は訪れない。
だから彼女は一人になりたい時は必ずと言っていい程そこを訪れた。


Now, if my wish has only one wings, it can go to a fortunate place....


軽くギターのピッチを合わせた後、頭の中でピアノ譜を変換しながらゆっくりゆっくり歌ってみる。


「…なんか違うなぁ。音、少し増やしてみようかな。」


一人でブツブツ言いながら、ああでもないこうでもない、と音をいじくり回すナツメ。
端から見れば変な人だが、彼女にとってはこれは仕事の一部だから真剣である。
いつか自分の足で立って暮らしていく日が来たら、自分は「これ」を武器にしていくつもりだ。サッチもそれを知ったからこそ、このギターを譲ってくれたのだ。

モビーの船尾から海に向かって歌えば、とこからともなくクジラ達がやってくる。これもナツメにとってはお馴染みの光景だった。
初めこそ驚いたものの、モビーは白クジラを模したデザインだし、昔どこかで「クジラは唄う」という話を聞いた事があったから、もしかしたら仲間だと思っているのかもしれない。

機嫌良さげに泳ぐクジラ達を観客に、月のスポットライトを浴びて彼女はのびのびと歌う。

だから、背後に人がいるとか、あまつさえ話しかけられるなどとは、想像もしていなかったのである。












(…腹、減ったなぁ……。)


いつもこの船のクルー達が寝静まった頃に、こっそり食堂に侵入しては食べ物を漁っているエースは、この日もそのつもりで煩く鳴る腹の虫を抱えて、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
もちろんエースが「こっそり漁っている」と思っている食糧は、気をきかせたサッチがエースの為にわざと判りやすい場所に置いているのだが、今のエースにはそんな他人の優しさに気付く様な余裕などない。

絶対にその首を取ってやる、と意気込んで挑んだ白ひげに、何故か船に乗せられ、尚且つ拘束もされないで放置されている自分。
まるで「やれるもんならやってみろ」と嘗められている様で、彼の自尊心はその現状を許さなかった。

ならばお望み通りやってやる、自分を甘く見た事を後悔すればいい。

そう思って昼夜を問わず何度も白ひげを襲撃してみたが、起きている時はおろか寝込みを襲っても一撃すらも加えられないではないか。
島を出てから今まで、船長として一海賊団を率いて来たというのに、なんて体たらくだ。
エースはこの船に乗せられてから常にイライラしていたし、それはこの夜とて同じだった。

だが、変化は訪れた。



「Now, if my wish has only one wings, it can go to a fortunate place....」


人の気配がすると思って積み上げられた樽の陰で身構えていれば、月明かりに照されて見えたのはこの船には不釣り合いな小柄な少年で。
昼間もここで見かけた「ソイツ」は、ギターを抱えて何やらブツブツ言いながら歌い出したのだ。


(…この船の、音楽家、か?)


昔まだ島にいた頃に弟と海賊について語らった時、 弟は頑なに「海賊は歌うんだ!だから音楽家は必要だ!」と言っていて、そんなもんは必要無いという自分と度々喧嘩になったものだ。
だが、こうして四皇白ひげの船には歌う奴がいた訳だから、弟のルフィの言い分はあながち間違いではなかったのかもしれない。

そんな事を考えながら、ぼんやりとその歌に聴き入っていると、ふとその曲に聞き覚えがある事に気が付いた。
少年は確認するように途切れ途切れに歌っていて、歌詞も英語になってはいるがその曲は確かに、


(昔…マキノが、歌ってた…)


時々こっそりと山を訪れては自分達に世話を焼いてくれていた、母のような姉のような、優しい彼女。そのマキノが、いつだったかルフィにせがまれて歌を歌った事があった。
自分もルフィも「母」というものがよく分からなくて、だから「子守り歌」なんて物も聴かされた事が無かったから、彼女が歌ってくれたこの歌だけが、「母の歌」と言える物だった。

確か、曲名は、



「……約束の、翼………」







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