サルビアのこころ
□陸
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クロエから先代の大黒天の話を聞いた日の夜、念の為に昼間の話を親父に報告した後、マルコは部屋で書類作業していた。
時刻は日付が変わる頃、ようやく一段落して凝り固まった首や肩をコキコキと回しながら風呂場に向かった。
隊長クラスのフロアにある風呂場は当然の事ながら隊長しか使わない。しかもこの時間ならいつも空いている為に、マルコは何の疑いもなく脱衣場の扉を開いた。
ふぁ、と欠伸をしながら涙目で霞んだ視界のまま後ろ手に扉を閉める。
そこで、彼はようやく違和感に気が付いた。
「………、風呂場でバッタリ体験、一番手はまさかのマルコさんですか……。」
相変わらずの感情が読み取れない、間延びしたような声に反射的に顔を上げれば、そこには首からタオルをかけ下は下着一枚というあられもない姿のナツメがいた。
「よよよよよいっ!?」
「………よ、多いですね。」
常日頃冷静な彼にしては非常に珍しくパニックに陥るマルコとは対照的に、至って平常運転のナツメは普通にズボンを履くと、慌てふためいているマルコを完全スルーして背中を向け、ガシガシと頭を拭き始めた。
マルコは慌てて脱衣場を出ようとするが、こんな時に限って間の悪い事に廊下からは立ち話をしているらしいハルタとイゾウの声がする。
進退窮まった1番隊隊長、絶体絶命である。
「……。仕方ないから居ていいですけど、流石に恥ずかしいので余り見ないで下さいね。」
言うなりナツメは何を思ったかそのまま(上半身タオル一枚)の姿でマルコに歩み寄って来るでは無いか。
(なななな、何でこっちに来るんだよい!…… あ、籠の中のシャツ、シャツを取りたいのかよい……)
だがそこはある程度年齢を重ねた大人、しかも流石は1番隊隊長である。どうにか気持ちを落ち着けると、 自身の足下に有った籠の中から彼女のシャツを取りホレ、と手渡す。
(……タオル一枚で隠れる位、か。)
しかし流石はオッサン、しっかり見た。
それに気付いているのかいないのか、シャツを受け取ったナツメはそのまま黙って突っ立っている。
「……どうしたよい。」
一応見て無いアピールの為に視線をあからさまに反らしながら口を開く。
するとナツメは少しだけ躊躇した後に呟いた。
「…………ブラ。」
「ぶっ!!」
先程苦心して取り戻した平常心にまさかのカウンターを食らったマルコは、それでも歳上であり隊長であるプライドがあるのか、出来るだけ平静を装って足下の籠からその「ブツ」を拾い上げるとぶっきらぼうに彼女に突き付けた。
「…ありがとうございます。」
「よ、よよい。(黒!貧乳の癖に黒だよい!)」
「…よ、多いですね。」
と先ほどと全く同じ突っ込みを入れたナツメは再びマルコに背を向けると、素早く服を着る。
彼女の視線から逃れたのを良い事に、マルコは然り気無くナツメの背中を眺める。
そして、気が付いた。
彼女の細い身体の至るところにある、青や紫の痣。
その肌は、既に白い部分を探すのが困難な程にあちこち変色しているではないか。
「…組手、してるんだってねぃ。」
思わず漏れた呟きに、服を着終えたナツメは振り返るとジトリとした視線を向けながら
「…見ないで、って言ったのに…。」
そう言うと、やれやれとばかりにため息をついた。
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