サルビアのこころ

□伍
1ページ/3ページ


I am a foreign substance which appeared in the ocean and which has fallen suddenly. It is just like the comet which fell into the sea...


隊長達からささやかな歓迎会をしてもらったあの日以降、ナツメは少しずつだが前より皆と話す様になった。
とは言っても、彼女のテンションが低いのは元からのものらしく相変わらずの仏頂面ではあるのだが、それでも会話が増えるにつれて態度も砕け、時には困った様な微笑も見せる様になった。
それと同時に徐々に部屋の外にも姿を現す様になり、クロエや服を借りる事で仲良くなったキャサリンの薦めもあって、雑用を手伝う合間に甲板で日光浴をしたりしている。

今もナツメはあの日以来お気に入りとなった船尾の一角で、サッチに譲って貰ったばかりのギターをジャカジャカかき鳴らしている真っ最中だ。

女の子受けすると思って買ったけど、全然弾けないんだよねー…

とはサッチの談である。

事情を知る隊長達と打ち解けるのはナツメが思っていたよりも簡単だったし、ナース達にしてもむさ苦しいオッサン達の中に突如現れた、美少年の様な見た目のナツメをとても可愛がってくれる。
更には、このモビーディック号において隊長以上にナースを敵に回す事がどれだけ恐ろしいかを熟知している平の船員達も、最初こそナツメを警戒していたものの徐々に態度を軟化させつつある。

一部を覗いては。







マルコはその日、早々と書類作業を終えると二階の甲板部分で気分転換にと一服していた。
先客だったラクヨウとキャサリンと、とりとめの無い雑談をしつつ最近では馴染みになりつつある船尾からの歌声に耳を澄ます。

程なくして歌声が止み、今日はこれで引き上げるらしいナツメがギターを抱えて階下を歩むのが見えた。
すると、船首部分で鍛練をしていた一団の中から突然、物凄いスピードで飛んでくる「何か」。
その「何か」がナツメのすぐ脇の手摺に当り跳ね返った。
それに驚いた彼女はギターを抱えたままペタリと尻餅をついてしまっている。


「何やってんだ、危ねぇなぁ。」


隣で呟くラクヨウに、マルコは眉間に皺を寄せつつ視線を向けると


「…いや、いまのはわざとだろうよい。」


と言うと、二階手摺に足をかけ、階下へ降りようとする。
しかし、そのマルコを止めたのは意外にもナツメ大好きを公言して憚らないキャサリンだった。

階下では集団の中から「何か」…小型の盾を投げつけたらしい男がニヤニヤしながらナツメに歩み寄っている。
その様子から目を離さずに、マルコはキャサリンに「何で止めるんだよい。」と問うが、キャサリンは悠然とした笑みを浮かべたまま


「まぁ、見てて下さいよ。面白いから。」


そう言ったきり黙ってしまった。
マルコとラクヨウはそんなキャサリンに不満を顕にしながらも、とりあえず事の成り行きを見守る事にした。

ニヤニヤした船員がたどり着く頃にはナツメも立ち上がり埃のついた尻を払っていて、その表情は伺えないが別段怒っている風には見えない。
そんな彼女に男は謝るでもなく、気色の悪い笑みを浮かべたまま


「大丈夫かぁ?坊主。その生っ白い足、折れちまったんじゃねぇか?」


そう言って小柄な彼女をふてぶてしく見下ろしている。
だがナツメはそれに答えるでもなく、ただじっと男を見据えて黙ったままだ。
その彼女の態度がカンに触ったのか、男は更にナツメに歩み寄ると華奢な二の腕を掴み上げた。
加減の無いそれが痛かったのか、ナツメは僅かに眉根を寄せるが黙ったままだ。
すると男は更にギリギリと力を入れ、


「いいよなぁ、ガキは!こんな役にも立たねぇ細っせぇ腕で、適当に雑用したら、後はただ歌ってりゃいいんだからよ!…あァ、それともアレか?その女みてぇな面利用して、隊長にベッドの中でも歌わされてるってかぁ?」


そう言うとギャハハハと品の無い声で笑った。同時に男の後方にいた一団からも笑い声が上がる。
しかし次の瞬間、上空から落ちてきた物体が男のスキンヘッドにベチャッと音を立てて貼り付いた。
意表を突かれた男は「な、なんだ!?」とナツメを掴んでいた手を離すと、頭部に貼り付いたものを確認して青ざめた。

上空には、先程バードミサイルを放った一羽のカモメが、呑気にクーと鳴きながら羽ばたいている。

だが男の不幸はそれだけでは終わらなかった。
いまだ無表情にじっと見つめるナツメに「見てんじゃねぇよ、気色悪ィな!」と詰め寄ったのだが、いつの間にそこに有ったのか分からないバナナの皮を踏んづけるとツルリと足を滑らせて、まるで漫画の様に仰向けにひっくり返ったのだ。






.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ