サルビアのこころ

□参
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ナツメが船長室を出たのはその日の夜だった。

白ひげの体温や血圧等が安定し、体内に一定数の抗体が出来たのを確認したクロエが医務室に送ってくれ、今ではすっかり定位置となった、一番奥のカーテンで仕切られたベッドでクラクラする頭を持て余して休んでいる。
しばらくすると、控え目なノックの音に続いてトレイを持ったサッチがやって来た。


「ナツメちゃん、お疲れ様!」


そう言って彼が差し出したトレイにはサラダとポトフとクリームが挟まれた小ぶりなフランスパン、それにデザートにパイナップルが乗っていて、ナツメはそれを受け取りながら無意識にサッチのリーゼントを二度見してしまった。
それを敏感に感じ取ったサッチが


「……ナツメちゃーん、今、失礼な事を考えなかった?」


などとジト目で見つめつつ言うものだから、焦った彼女は思わず、


「に、似てる訳無いじゃないですか。」


と墓穴を掘り、サッチはガックリと肩を落としたのだった。


「似てる自覚が有るんなら、さっさとその邪魔なフランスパンは切り落としちまえよい。」

「マルちゃんヒドイっ!俺様泣いちゃう!」


そこに現れた特徴的な語尾の第三者とサッチの下らないやり取りに、ナツメはもぐもぐと口を動かしながら一旦視線を上げ、もう一度下げてデザートに視線を向けた後、再び扉の前の彼を見上げた。
金髪のこれまた独創的な髪型の彼は額にピクリと青筋を浮かべつつ、「………俺は生まれつきみたいなもんだよい。」と呟いた。






突然の来客に怯む事なくナツメは食事を完食し、これまたサッチが用意してくれたコーヒーを飲みつつ二人に向き直る。
彼女が人心地着いたのを確認したマルコはおもむろに椅子から立ち上がると、いきなり深々と頭を下げた。
そしてポカンとしているナツメを余所に口を開くと、


「…白ひげ海賊団を代表して、礼を言う。親父を助けてくれて、ありがとうよい。」


と海賊とは思えない様な丁寧な謝辞を述べた。
しかし言われた当の本人は不思議そうな顔をして「いや、助けられたのは私…」と言いながら首を捻る。
そんなナツメを見ると、マルコはやれやれと言う様な顔で僅かに右の唇を引き上げた。


「………マルコさんて、笑えるんですねー…。」


いつも難しい顔してるから意外です、と言う彼女も負けない位の仏頂面な訳だが、マルコは敢えてそこには突っ込まなかった。






「意識が戻って落ち着いたら、親父から改めて話が有るだろうよい。だからそれまでに、お前ぇ今後どうしたいか考えておけよい。」

「…今後、ですか…。」


忘れた訳では無かったのだが、この数日間での体験が余りにも衝撃的な事の連続だった為に、ナツメは自身の身の振り方を考え無いようにしてきた。
だが、こうして漂流から助けて貰い、少しだがその恩返しめいた事も出来たのだから、後はこの知らない事だらけの世界でどうやって生きていけばいいのかを考えなければならない。
分かっていた事とは言え、目の前に提示された大きすぎる課題にナツメは小さなため息を溢した。
それを見て思うところが有ったのだろうマルコは、彼女の小さな頭を安心させるかの様にポンポンと優しく撫でた後、その顔を覗き込み


「んな心配しなくても、親父は立派な男だし、伝も沢山有る。…悪ぃようにはしねぇよい。」


そう優しく告げた。







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