兎耳のアイリス

□その25
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広がる青空の透明さに、ミラは思わず深いため息をついた。

モビー・ディック号は、現在補給の為にとある秋島に停泊している。
様々な果実や野菜、それに豊富な魚が自慢のその島は年中秋の気候なだけあって、他の島に比べると高く青い空の美しさが際立っていた。


「すご〜い!この辺りの海域はみんなこうなの?」

「この島は特にな。近くの島々も穏やかな気候ばっかだから、影響を受けないらしいぜ。」


甲板の上から港を見下ろしていたミラが問えば、横で上陸の準備をしていたサッチが笑顔で答える。


「隊長ぉ〜、また新しい食材探しっすか?」

「おう、ちょっくら行ってくるってんだ!」


甲板の掃除をしていたクルーの問いかけに、サッチは片手をヒラヒラとしながら答えた。
実際のところ、航海に必要な様々な買い出しは各隊に割り振られている為に、隊長であるサッチ自らがわざわざ行く必要はない。だが彼はその料理に対する飽くなき探求心から、今回のように補給で停泊した際には毎回、新しい食材や酒、調味料などを探す為に上陸しては店を見て回っていた。


「んじゃ、ミラ。」

「はいな!」

「おとなしく姿隠してろよ?」

「りょ〜かいっ!」


彼の上陸にミラが同行するのもまたいつもの事で、時には好奇心旺盛な彼女が珍しい物を発見する、という事もある。とはいえ町中で堂々と幽霊が闊歩する訳にもいかないので、いつもおとなしく姿を消しているのだが。


「ほんじゃ、出発するってんだよ!」

「はいは〜い!」


サッチとミラの二人は、仲良く連れ立って上陸したのであった。










大通りに沿って左右に様々な店が立ち並ぶ、この街の中心地をサッチはぶらぶらと歩いていた。
ある店は色とりどりの果物が陽光を反射して輝き、またその隣の店では捕れたてなのだろう、いまだにピクピクと動いている魚が並べられている。その向かい側にあるのは八百屋らしく、葉付きの根菜や濃い緑が美しい葉野菜が所狭しと陳列されいた。
それらの店頭では、買い物袋を持った主婦や何処かの店のコックらしき人々が、商品を手に取っては品定めをしている。


「サッチさん、今回のお目当ては何かあるの?」


サッチの耳に、ミラの小さな声が聞こえてくる。八百屋の店先へと視線を向けていた彼は、そのままゆるりと視線を巡らせて近くに人がいない事を確認すると、囁く様に小さく口を開いた。


「今回はキノコと………あと乾物辺りだなってんだ。」

「キノコいいねぇ。私キノコスパゲティ食べたい。」


声だけでも浮かれているのが分かるミラの様子を想像して、サッチは小さく笑いを溢す。端から見ればオッサンがニヤニヤしていて怪しい事この上無い為、彼は慌てて俯くと、鼻を掻くふりをして誤魔化した。
そんな彼などお構い無しに、ミラは店先に並ぶ食材を眺めああだこうだとしゃべり続けている。だが不意に、小さく「あれ?」と呟くと黙り込んだ。暫くすると、再びサッチの耳に、彼女の声が届く。


「サッチさん、サッチさん。」

「………どした?」

「あっちの……右の路地裏にね、武器屋さんがあるよ。」

「路地裏?」


言われた通りチラリと右を見やれば、確かに薄暗い路地があるようだ。
サッチは歩む方向を変えると、そのまま路地裏に入っていく。


「……こんなとこに店を構えるたぁ、商売する気あるのかってんだよ。」


苦笑いしながらゆっくりと店の前に来た。そこには確かに「武器屋」というそのまんまな看板があり、その下には小さく「刃物、銃」とも書いてある。


「……銃もあんのか。」


こんな田舎町の武器屋に御大層な銃が有るとも思えないが、まあ物は試しだ。
そう考えたサッチはドアノブに手を掛けるとゆっくりと押し開く。カランカランと安っぽいベルが鳴るのを聞きながら、彼は路地裏と同じであまり明るくない店内へと足を踏み入れた。


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