兎耳のアイリス
□その23
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海賊の日常は、基本的には自由である。大所帯の白ひげ海賊団では、各隊でローテーションを組んでの訓練や仕事などはあるものの、非番の日も結構な割合だ。とはいえ隊長ともなると、一人でおおよそ百人ものクルー達をまとめ上げる必要がある為にかなり多忙である。こと4番隊隊長のサッチは、モビー・ディック号の毎日の食事を管理するコック隊の隊長という立場柄、また非番でも何かと言うと厨房に来たがるという彼の性格から、のんびりしている姿などほとんど見る事のない人物だ。
だがその彼にしては珍しく、この日は昼過ぎから甲板に出てカードゲームに興じていた。
「ほい……ほい、ってんだよ!」
「えーーっ!?またかよサッチ!お前、マジで全部覚えてんの!?」
手に持っていた数枚のトランプをバラバラと放り投げ、ハルタはやってられないとばかりにかぶりを振った。数人が車座になっているうちの、ちょうどハルタの真っ正面に座ったサッチは、ニヤニヤと得意気な表情で束になったトランプをパシンパシンと掌に打ち付けている。
「サッチ隊長、コレは負け無しッスよね。」
「ホントホント!」
彼らの言う「コレ」というのはトランプを使用したゲームの一つ、「神経衰弱」の事だ。
「いやあ、俺っち天才だから、いつも配置は完璧に覚えちまうんだよなぁ!」
鼻高々に語る本人の言う通り、一度捲られたカードの位置を完璧に覚えている、というのが特技であるサッチは、このゲームでは負け知らずなのである。
「でも他にも、サイコロ系も得意ッスよね。」
「あ〜……あれもまあ、カード程じゃ無ェけどな。」
サイコロに付いてる微細な傷や凹みと、同じく床面の凹凸を覚えておいて、そこから出る目を予測している。ただカードと違って記憶すれば勝てるとは限らないから、完璧ではない。
そう簡単に説明するサッチに、ハルタは
「なんだよ、それ……」
と半ば呆れたように呟くとため息をこぼした。
「んじゃ、俺達ぁそろそろ戻りますぜ!」
車座になっていた男達の大半が、休憩を終えて各々の担当場所へと戻って行く。それを見送った後、ハルタはくるりとサッチの方を向き直ると少しだけ頬を膨らませながら、
「ちょっとミラ、いるんだろ?」
とサッチの背後の虚空に向かって声をかけた。
ハルタの呼び掛けに反応して、誰もいなかったサッチの背後にスッと浮かび上がる様にして現れたミラは、目の前のハルタを見つめて小首を傾げる。
「どうしたの?ハルタさん。」
子供っぽくむくれているハルタの表情が疑問だったのだろう、彼女は不思議そうに目を丸くしながら問うた。それに対するハルタは頬を膨らませるのを止めると、今度は唇を尖らせながら
「どうしたのじゃないよ。サッチがそんなに頭良いわけ無いじゃんか。」
とブツブツと文句を言い出す。
「えっ、なにそれ、ハルタひどくねぇ?」
「うるさいアホサッチ。絶対ミラが裏で何かやってんだろ?」
「ハルタちゃ〜〜ん?俺っち悲しい!」
「ねえミラ、どうなのさ。」
胡乱な目付きでハルタを見るサッチは、もちろん本気で怒っている訳では無いが、どうやらちょっぴり傷心のようだ。
かたや、ハルタ問われた内容に合点がいったミラは、困ったように苦笑いを浮かべながら、
「いやいや、私だっていくら幽霊とはいえ、そんな不可思議な事なんて出来ないよ?」
と答える。
「じゃあどういう仕掛けなのさ。」
「だから覚えてるんだってんだよ!」
「うっそだ〜〜〜〜……」
ミラの答えを聞いてもなお、ハルタは疑いの眼差しのままだ。だが次にミラが放った一言で、ハルタも、またサッチもにんまりと笑う事となる。
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