兎耳のアイリス
□その15
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ミラという少女が白ひげ海賊団の前に現れてから、早いもので数年の月日が経っていた。彼女はその天真爛漫さから、幽霊でありながらも荒くれ男達の生活に少しだけ彩りをもたらした。
いや、幽霊であればこそ、なのかもしれない。如何に年端もゆかぬ少女であったとしても、男が大多数を占める集団で、しかも陸から離れて過ごす事が多いという環境下では、ミラが生身の人間だったなら間違いなく何らかのトラブルに巻き込まれていただろう。もちろん白ひげ海賊団にはミラの他にも、ナースのような女性を中心とした医療スタッフも僅かながらに存在している。だが、彼女達は言わば海賊団全体のセーフティネットであり、その彼女達を敵に回す事がいかに恐ろしい事かは、クルー皆が当たり前に知っていた。しかも、彼女達は荒くれ男達の扱いをこれ以上無いくらいに熟知している為、正直並の男では相手にもされなければ太刀打ちもできない。だから、力なきミラという少女が生身の肉体を持たぬ事が、この海賊船という環境下では限り無くプラスに働いていた。
しかし、少女はいつまでも少女では無い。
ミラは彼女自身の記憶が正しいならば、実年齢はもう二十歳を越えている。何らかの理由で、今の彼女の姿は死亡したとされる子供の姿でもなければ、かと言って実年齢相応でもない。だが、それでもこの数年で少しだけ以前よりは大人びたように見える。
白ひげ海賊団に出現した頃はせいぜい13、4歳程度だった見た目は、今では16〜17歳くらいには見えるようになった。それと同時に、時おり彼女のキャラクターにそぐわない様な憂いを帯びた表情を見せる様になった。
ミラを比較的可愛がっている面々は、当然その様子に気付いて彼女に声をかけた。だが、彼女はいつも「なんでもないよ」と笑顔を浮かべその場をやり過ごす。それに釈然としない思いを抱えつつも、荒くれ男達にとって年頃の乙女の心境は難解過ぎる事も有って、皆それ以上踏み込めずにいた。
「………なんでも無ェって面じゃないってんだよ。」
肺に溜め込んだ紫煙を吐き出しながら、サッチは一階の船縁に佇む少女を見下ろし誰にともなく呟いた。
「ミラの事かい?」
誰にともなく、だったはずの言葉に艶を帯びた声色の返事が返ってきた事に僅かに目を見開いたサッチは、振り返ると音もなく開いた扉に寄りかかる女形を視界に入れる。
「イゾウ………。」
「やっぱお前さんも気が付いていたんだねェ。」
「って事ぁお前ェもか。」
「当たり前さね。」
かたや煙草から、かたや煙管から、互いに紫煙を燻らせながら二人は船縁に儚げに佇む少女を見やった。
そもそも、二人の知るミラという少女はおおよそ「儚げ」などというイメージが程遠いようなタイプである。そんな彼女がここ最近はどうにも以前の様な元気が感じられないのだ。もちろんサッチやイゾウといった彼女と絡む事の多い面子が多忙になった為、随分寂しい思いを差せているだろう事は二人とも自覚している。だが、だからと言って全く構ってやれていない訳でも無いし、第一聞いても答えないのだ。
「………俺達に、言えない悩みでもあんのかねえ?」
サッチが視線を彼女に向けたまま、ぽつりと呟く。それに反応して、イゾウは彼へと視線を移した。
言ってみようか。
イゾウの眼で見ても、時折ミラの存在が薄らいでいる事を。
イゾウがそう思って口を開きかけた時、第三者のため息が聞こえた。
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