兎耳のアイリス

□その10
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穏やかな海の上を心地よい風が吹き抜ける。朝方うっすらとかかっていた靄もその姿を消し、今は抜けるように青々とした空と、太陽の光を波が反射する光とで、辺りは明るく輝いていた。
絶好の航海日和である。

そんななか、海軍本部大将の黄猿ことボルサリーノは、軍艦の甲板に立って退屈そうに耳の穴をほじくりながら、コメツキバッタの如く頭を下げまくる部下を見下ろしていた。


「本当にすみませんでしたっ!ほら、お前ももっとちゃんと頭を下げろ!」

「すみませんすみませんすみませんすみません………」

「…………。」


焦燥もあらわにペコペコとしている軍曹は、隣の見張り番だった部下をどつきながら何とかその場を納めるのに必死のようだ。かたや部下である見張り番の海兵は顔を真っ青にしてうわ言のように「すみません」を繰り返す。
黄猿は暫くは黙ってその様子を眺めていたものの、その謝罪の言葉をバックミュージックにしてぐりんと首を回して解す様な仕草をした後にようやく口を開いた。


「まぁ、相手が“白ひげ”だったのは幸いだよねェ〜〜〜。見張り君の処遇は軍曹に任せるよォ〜〜〜。」

「はっ!本当に申し訳ありませんでした!」



とりあえずはこんなもんで良かろう、正直面倒臭いし。
黄猿は心中でそう呟きながら、視線をいまだ距離が隔てるモビー・ディック号へと向けた。気の抜けた様な語り口とは裏腹に鋭いその視線は、政府に「今後更なる急成長が予測される」と目されている白ひげ海賊団を決して甘く見たりはしない。かつて、海賊王と呼ばれたゴールド・ロジャーと渡り合った海賊だ、最強の名は伊達ではない。

先程軍曹から上がってきた報告によれば、見張り番達は凡そ一時間前には船影としてかの船を確認していたらしい。だがその時点では旗印も確認出来なかった為に、上への報告を怠った。通常ならば例えどこの船か分からなくとも船影発見の一報を入れるのが決まりなのだが、このところの航海が比較的平和だった為に油断していたらしい。もっともその平和な海域は、最近より一層と名を上げてきた「白ひげ海賊団」が次々に縄張りを広げ、レベルの低い海賊団を飲み込んで作り出したのだが。
そうして油断していた見張りの海兵は、次に気がついた時には船影だったものが近付き、確認出来るようになった旗印が件の「白ひげ」のものである事に仰天し、慌てて軍曹に報告を入れる事となったのだった。
黄猿はこの海域が平和な理由を心得た上で、なお出会ったのが「白ひげ海賊団」だった事を幸運だと思う。
何故なら、白ひげは無闇矢鱈と周囲へ喧嘩をふっかけて荒らし回るようなタイプの愚かな海賊ではないし、また「鬼より怖い」などと言われているが殺戮が好きな異常者でもないからだ。
とは言え、海軍大将である自分が何もせずにスルーするのは些か問題があるな、とも黄猿は考えた。自分と並び大将となった同僚……過激な思考の赤犬ならば迷わず突撃するだろうし、またとにかく面倒臭がりな青キジならば間違いなく見ないふりをするだろう。
だが、黄猿が掲げるのは「どっちつかずの正義」なのだ。
損害覚悟で突撃するつもりもないが、かといってスルーするつもりもない。
すなわち。


「ちょっと“白ひげ”に挨拶でもしてくるよォ〜〜〜。」


黄猿はそう言い残すと、眩いばかりの光の塊となって軍艦を飛び出した。
目指すはモビー・ディック号甲板。
奴等が新世界を拠点にして動き出してからもう随分経つし、亡きゴール・D・ロジャーとも旧知の間柄であったというのに、一向にラフテルを目指す様子の無い海賊団。どうやら家族がどうだと嘯いているらしいが、本当のところどうなのか。もしかしたら今回はその一端を垣間見れるチャンスになるかもしれない。
まあ軍艦一隻如きに白ひげ自らがお出ましになるとは考え難いが、海軍大将直々に現れたのならば少し位は運動になるだろう。

長い航海のせいで、少々運動不足なのだ。

黄猿は鼻歌すら歌いながら、光となって一面青一色の世界を引き裂くように進んだ。



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