兎耳のアイリス
□その9
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『これァ嬢ちゃんの『宝箱』だァ。』
親父。
親父は、なぜミラにあんな事をしたのだろう。
ミラは幽霊だ。
なのに、幽霊である少女にこの世の物欲を満たさせて、一体どうしたいのだろう。
(……まさか、親父はミラを成仏でもさせたいってェのかよい……)
あれほど皆が可愛がっているあの少女を、親父はこの船から降ろす……いや、在るべき場所へと還すつもりなのだろうか。
もちろん、マルコは白ひげがする事に異論を唱えるつもりなど毛頭無い。あの少女にだって、サッチはともかくとして然程入れ込んでいるつもりも無い。
ただ少しだけ、ひっかかる「なにか」があるような気が、しないでも無い。
(……馬鹿らしいよい。)
ゆるゆるとかぶりを振ったマルコは気分転換でもしようかと、朝食から数時間身を預け続けた椅子からようやく立ち上がった。
甲板に出たマルコの金髪を、爽やかな秋風がさらっていく。
不思議なもので、島によって様々な季節や天候を見せるこの新世界だが、夏島付近の空は青が濃く見えるし、また秋島付近では心なしか空が高く見える。気候が島によるところなのは当たり前だとしても、空の見え方すらも違って見えるのは一体どんな理屈なのだろう。そんなとりとめも無い事を考えながら、マルコはタバコを取り出すと火を点し深く吸い込んだ。
煙のようなものだ。
ふと、そんな考えが過る。
見えているし、存在もしている。けれど触れられない。そしてきっと、いつか消えてしまう。マルコにとってミラは、そんな風に思えた。
「そうしたら、アイツはどうするんだろうねい……。」
あのお調子者の、だが気の良い友人はきっと悲しむのだろう。なんでもない風を装ってヘラヘラしながら、しかし夜には無人の厨房でボンヤリとでもしているんだろう。そんな姿が目に浮かんで、マルコはため息混じりに紫煙を吐き出した。
そんな彼の耳に、背後で扉の開く音が届く。
「おぉ?なんだマルコ、人魚でもいたのか?」
「お前さんの頭ん中はそんなのばっかりかい?」
「否定はしないってんだよ!」
「……平和なこって。」
振り向かずとも分かる特徴的な喋りの二人、サッチとイゾウは下らないやりとりを交わしながらマルコの隣へ並んだ。
「……サッチ、ミラはどうしたよい。」
「あぁ、アイツ?」
返事をしながらクシャクシャになったタバコのソフトケースを取り出し、残り二本のうちの一本を咥えると火を点けるサッチ。そのまま深く吸い込み一度煙を吐き出すと、
「ラクヨウんとこ。」
と答えた。そりゃまた珍しい、と呟くマルコに、今度は煙管から優雅な動作で唇を離したイゾウが喉の奥をクツクツと鳴らしながら口を開く。
「ルアー作ってんのが、楽しいんだとさ。」
「……なるほどねい。」
「女は光モンが好きだからな〜…。」
ラクヨウ的には、傍にミラがフヨフヨしている状態での作業なんて気が散る事請け合いだろうが、そんな彼の反応すらもミラにとっては楽しみに違いない。
「難儀な事さね。」
これっぽっちもそう思っていないのが目に見えて分かる顔でイゾウが呟いた。
方やサッチは何か思い出したように「あ、」と言うとマルコに向き直った。
「ラクヨウって言やぁ……マルコ、随分前から話になってる隊の再編はどうなってんだよ?」
「あ?……あぁ………親父もそのつもりだし、大分話も詰めてるんだがねい……」
「何か問題でもあんのかい?」
ふう、と煙を細く吐き出しながら訝しげな顔をするイゾウと、素直に「何だよ?」と問うてくるサッチとを見比べながら、マルコは苦笑いを浮かべる。
「親父ん中では大体決まってるみてェだが、いかんせんその機会が無いからよい。」
「機会ぃ?」
「あぁ、最近は喧嘩を売ってくる馬鹿も減ったから、そっちの話かい?」
「……だよい。」
マルコが苦笑いのままに頷く。サッチもまた心当たりがあるのだろう、何とも言えない表情を浮かべると一本目のタバコを揉み消した。
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