兎耳のアイリス
□その8
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生人〈いきびと〉と人ならざる者との境界線は、いったいどこにあるのだろうか。
生人としての証明が、もしも熱き血潮を巡らす心臓の鼓動だというのならば、魂とはそこにあるのものなのだろうか。
その疑問に対する答えは、老人と呼ばれる年齢に差し掛かった白ひげですらも、いまだ分からなかった。
「ねーねー、どこ行くの?」
「んー?……食堂?」
「まだご飯の時間じゃ………あっ。」
「!?」
サッチの後を憑いて飛びながらミラは疑問を口にする。だが、すぐにハッとしたように口許に手を添え狼狽え始めた。ミラのそんな仕草に、サプライズのつもりでいたサッチはよもや計画がバレたかと焦った。だが、そこはやはり残念な彼女のこと。
「ももももしかして、ついにファンクラブ結成イベント!?やだどうしよう私、握手会出来ないのに!」
などと口走りながら空中を右往左往し始めた。
このミラという少女は基本アホの子だが、時折周りが驚くような聡明な一面を覗かせる事がある。だがやっぱりこういう所が残念な娘だな。しかもファンクラブなんて水面下でとっくの昔に出来ている。
サッチはそんな事を考えながらサクサクと歩みを進めた。
如何にモビー・ディック号が大型船だとは言っても船内の移動に何時間もかかる訳などは当然無く、下らない会話をしながら歩いていた二人はすぐに食堂に着いた。サッチが後ろを振り返れば、マルコもえっちらおっちらとこちらに向かって歩いてくる。それをちゃんと確認した後、彼はノブに手をかけると「バーン!」と言いながら芝居がかった動作で勢いよく扉を開け放ちミラを食堂へと促した 。
――――パンッ!!パンパンパンッ!!
途端、あちこちから乾いた破裂音が響き、ついでカラフルなリボンやキラキラとした紙吹雪が飛び交う。それに驚き目を丸くしたミラは、何が起こったのか分からない、とばかりにキョロキョロと辺りを見回した。そんな彼女に向けて、誰かが言った「せーのっ」という掛け声の後に続く野太い声の言葉の花束。
「「「「ハッピーバースデー!!ミラっ!!!」」」」
食堂には沢山のクルー達がひしめき合うように居並んでいて、その誰もが笑顔を浮かべ少女を見つめている。
「………えっ?……あ、あれれ?」
「さ、ミラ。こっちに来てみろってんだ。」
「え?え?え?……私?」
事態が理解出来ないのか、キョトンとした顔のままのミラは狼狽えながらもサッチに導かれるままに食堂の中央へと向かった。
クルー達が取り囲む中央のテーブルは、いつも荒くれ男達がこれでもかという程に汚しながら食事をするそれとは違い、可愛らしい花模様の刺繍で縁取られた白いテーブルクロスがかけられている。そしてその上には大きな、それでいて繊細なデコレーションで彩られたケーキがひとつ。そのケーキの上にはチョコレートのプレートがあるのだが、そのプレートもまた花模様があしらわれた可憐なデザインで、真ん中には「HAPPY BIRTHDAY ミラ」の文字。
「……これ、私の?」
「ああ、そうだぜ!」
「で、でも私……今日誕生日じゃ……」
動揺しながらも申し訳なさそうにそう言うミラに、サッチはニコニコと温かな笑みを浮かべながら
「……覚えて無いんだろ?なら、今日でいいじゃねーか。……今日が、ミラの誕生日だってんだよ!」
と言い切るとと照れたように額をポリポリと掻く。
「今日……今日が……私の、誕生日………」
「ああ。……ミラ。誕生日、おめでとさんだってんだ!」
サッチとケーキとを交互に見比べながら呆気に取られたように呟く彼女に、サッチは改めてもう一度祝福の言葉を贈った。
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