兎耳のアイリス

□その7
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「そういえばさ、ミラって誕生日はいつなの?」


昼下がりの食堂で、花瓶かと思うような巨大なパフェを分け合って食べている二人組がいる。その二人のうちの片方、茶髪に猫目の少年のような人物が、これまた隣でもぐもぐと笑顔で口を動かしている少女へと問いかけた。


「おいハルタ、幽霊に誕生日聞いてどうすんだよい。聞くんなら命日だろい。」

「マルちゃん、もう少し気遣いってもんを……」


パフェを食べ続ける二人の真向かいに座り、対称的とも言えるブラックのコーヒーを啜るマルコが、なかば呆れたような視線を向けながら言う。それに困ったような顔で裏拳付きの突っ込みを入れるのは、これまたコーヒー片手に自作のクッキーをかじっていたサッチだ。
そんな野郎二人を交互に見比べていたミラは、やがてコテンと首を傾げた後にハルタに向き直るとあっけらかんとして口を開く。


「……そういえば、命日と誕生日いつなんだろ?」

「覚えてないの?」

「う〜ん……死んだ時、5才だったしねぇ。……あっ、でもファンからのプレゼントは何時でも受付中だよ!アイドルだからねっ☆」

「誰がファンなのさ。」


相変わらずの自称アイドルな彼女の発言に、心底嫌そうな顔をしたハルタはパフェへと向き直ると


「ちょっと!ミラ、お前ばっかり食い過ぎだろ!?」


と悲鳴にも似た叫びを上げた。


「念じて食べる、って加減が難しいんだよね〜、てへっ☆………いたっ!」


小さな可愛らしい舌を出してウインクする彼女に、ハルタはペシンと額を叩く素振りをする。もちろん実体の無い彼女は痛くも痒くも無いのだが、ちゃんと叩かれた風に額を擦りながら恨めしそうな目でハルタを見上げた。


(……誕生日、か。)


ミラが来てからもうじき一年が過ぎようとしている。しかしその間にこの自称アイドルは、自己顕示欲旺盛な彼女にしては珍しく「誕生日」というアピールをしてはいなかった。
サッチ自身、ハルタの先の発言が無ければ思い付きもしなかっただろう。

いつの間にかスイーツを通じて仲良くなった二人の若者の、おやつを巡る定例とも言えるやりとりを眺めながら、サッチは全く別の事を考えていた。










まっさらな純白のリネンが手に入った。それと、淡い青紫が美しい絹織物も。


(リネンは、刺繍で縁取りでもするか。)


並べた二つの布のうちの片方を手に取り、ジョズは心中でごちた。
リネンは解いて織り直す事で長きに渡り再利用出来る布地だが、だからこそまっさらなうちはその白さが映えるような手を加えたい。手芸が一種のライフワークとなっているジョズは、隊長になって個室を貰ってからは以前にも増して作品作りに余念が無かった。


「真っ白、か………。」


不意にそんな彼の脳裏に、純白のワンピースを纏った可憐な少女の姿が浮かび上がる。

年頃の女子だというのに、ミラはそれしか持っていないのかいつも同じワンピースだ。
聞けば彼女は幼い頃からあちこちを点々とし、同じ年頃の少女のような生活は出来なかったと言う。
「家族」というものですら、この白ひげ海賊団に来てから初めて実感したのだとか。
そんな不遇な幼少期を過ごした彼女なのだからこそ、たまには女らしくもう少しお洒落をさせてやりたい。

一人うんうんと納得したように頷いたジョズは、絹織物の方を手に取ると愛用の裁縫箱を取り出した。

この時点でのジョズの脳裏からは、非常に大事な事柄が一点だけすっぽ抜けているのだが、彼はまだそれには気付いてはいないのだった。



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