兎耳のアイリス

□その6
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海賊船モビー・ディック号には、一見奇妙にも見える不可思議な習慣がある。


「きょ〜おっのごっはんはなんだろなぁ〜♪」

「俺ぁ肉がいいな!」

「俺ぁ魚!!」

「私はコーンポタージュ!!」

「またかよ。」

「ミラはいつもそれだよな!」


わいわいと食堂へ向かうむさ苦しい集団の中に、一人だけ場違いな可憐な少女がいた。その少女はガタイの良い野郎どもに囲まれているというのに少しも臆する事なく、むしろ楽しそうに会話に混じっている。

海賊船という沢山の荒くれ男が集うこの場所で、少女が現れたのは半年ほど前だった。最初のうちこそその存在は隠されていたものの、少女……ミラが元来目立ちたがりやな性格である事に加え、クルーの中からも日に日に目撃証言が増えた割りには被害等無かった為に、今となっては彼女はすっかりと溶け込んでいる。それはもう、幽霊という事実が時折忘れ去られる程に。


「あっ、今日は人参のポタージュだ!これも好き〜〜!」

「良かったなぁミラ。おっ、今日はソーセージか!」


食堂へ入るなり、カウンターに一番近い席へ嬉しそうに駆け寄ったミラは、いつもの場所にいつも通りに用意されたモーニングセットを見て小躍りをしている。それを見た強面のクルー達も皆一様に笑顔を浮かべて少女を見守っているという、そこだけまるでホームドラマの一面にでもなったような雰囲気だ。

ちなみに、海賊船モビー・ディック号の食堂では常にバイキングスタイルを採っているのだが、唯一の例外として厨房から近い位置にあるその席にだけは、予め食事が用意されている、という変わった習慣が有った。
それは、今その席について満面の笑顔を浮かべている少女の正体が幽霊で、故に自分で食事を運ぶ事が難しく、しかし幽霊のくせに「食事を摂る」という奇妙な特技を持っている為である。


「ミラ、コンパクトはサッチに返しておくからな。」

「うん………むぐむぐ……ふぁりまふぉ〜!」


クルーの一人が、朝の組手を見たいと言う彼女の希望により預かっていたコンパクトを、元の持ち主であるサッチに返す為に厨房を覗いた。厨房で野菜を刻んでいたサッチもすぐにそれに気付いてカウンターまで出てくると、クルーに礼を言ってコンパクトを受け取る。


「ミラ、ちゃんと『いただきます』言ったか?」

「うん!」

「そっか。旨いか?」

「旨い!サッチさんの料理はいつも最高に旨いよ!」


和やかな会話を交わす少女とリーゼントは、普通に考えればまるでミラがカツアゲでもされているかのような光景だが、その醸し出す雰囲気の柔らかさからこの二人が如何に信頼し合っているかが窺われる。だが、どうやら今日はそんな二人に割って入る人物がいるようだ。


「旨い、ではなく美味しい、の方がいい。女性たるもの淑やかでなければな。」


ちょうどミラから見ると背中側からかかった声。その声の主は食後の紅茶が入ったカップ片手に優雅な動作で振り返ると、空いている方の手で口ひげをひと撫でして微笑んだ。


「ビスタさん、おはよう!」

「ふふふ。おはよう、ミラ。口元が汚れているぞ。」


挨拶を交わしながら、ビスタは優しい口調で然り気無く指摘を入れる。言われたミラが慌てて口元を拭う動作をすると、先程まで少女の唇を彩っていたケチャップが姿を消した。


「うむ、女性たるもの常に立ち居振舞いには気を付けるのだぞ?」

「はぁい!なんてったって私、アイドルだからね!」

「そうか、アイドルか。ははは……」


まるで娘と親の会話かのような場面。それすらも当たり前の光景になりつつある程に、この半年でミラは船に馴染んでいた。


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