兎耳のアイリス

□その4
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ミラがサッチの元に現れてから二週間程経った頃、モビー・ディック号ではある事件が発生していた。


「計算が合わねえ?」

「ああ、微々たるもんなんだけどな。ちょーっとだけだけどな。」


いつものように甲板で一服をしていたマルコに、後からやってきたサッチが何やら話している。ちなみに今ミラはイゾウと一緒にラウンジにいて、珍しくサッチにまとわりついていない。
最近分かった事なのだが、どうやらミラは憑代となっているコンパクトからある一定の距離以上は離れられないらしい。ミラいわく仮に強引に離れたとしても、気が付いたらコンパクトの近くに引き戻されている、との事だ。だから彼女がサッチとは違う場所に行きたい場合は、コンパクトごと誰かに預かって貰う必要がある。大抵その役回りになるのはマルコだったりするのだが、生真面目な彼は自室に籠って書類作業をしている事も多く、ミラにとっては面白味に欠けていた。その点イゾウは基本的に自由人ゆえ、その時の気分で船内のあちこちを歩き回る。だからミラは最近は時折コンパクトごとイゾウに憑いて歩くようになっていた。


「ちょっととは言え、最近ずっとだろい?」

「ああ。何なんだろうなぁ?」


ミラがいれば話が脱線しまくるところだが、先の通り彼女は今不在の為、マルコとサッチは付き合いの長い二人らしい漠然とした会話ながらにちゃんと意志疎通している。


「……引き続き、ちぃっと気ィ付けて確認してみるってんだ。」

「ああ、頼んだよい。」


会話が終わった二人は揃って煙草を揉み消すと、互いに各々の仕事場へと戻って行った。





一方イゾウにくっついてラウンジにいたミラは、その場に他に誰もいないのを良いことに姿を現し椅子に座って寛いでいた。


「ねーねー、イゾウさんイゾウさん!」

「あ?なんだい?」

「さっきから飲んでる、その緑っぽい飲み物はなーに?」

「ああ、これかい?」


切子細工の美しい硝子で出来た杯を傾けていたイゾウが、優雅な動作でことりと小さな音を立ててそれをテーブルに置く。その拍子にゆらゆらと揺らめき、切子の部分とともに灯りを反射する液体を覗き込んだミラは、光の織り成す輝きの美しさに「ほぅ」とため息を溢した。彼女のそんな様子にイゾウは少しだけ口角を引き上げると、


「こりゃあ『冷やし梅昆布茶』さね。」


と言って懐から煙管を取り出し火を点ける。


「ウメコブチャ?」

「あぁ。昆布っつー海藻と梅っつー果実の旨味を合わせた飲み物だな。」

「ふーん………。イゾウさんって、なんかみんなと少し違うよね?」

「違う?」


煙管をふかしながら小首を傾げたイゾウに、ミラはまたしても「ぎぎぎ……可愛い」と呟いた後に気を取り直したように咳払いし、こくりと頷いた。そして顎に人差し指を当てて考える素振りをし、暫くすると口を開く。


「なんていうか、漂う雰囲気?」

「………具体的には?」

「うーん……うーん……渋い?」

「……くくくっ!」


ミラ本人は散々悩んで言っているのだろうが、そのあまりの語彙の無さにイゾウは小さく吹き出した。それが気にくわないのだろうか、赤らんだ頬をぷっくりと膨らました彼女は不満も顕に「なんで笑うかな!」と噛み付く。それに対し「まあまあ」とでも言うところだろうか、片手を上げてひらひらと振ったイゾウは相変わらず苦笑いのような顔をしながらも、灰皿に煙管を置くと再び杯を手に取り『梅昆布茶』を口に含み飲み下す。


「……、別に馬鹿にしてる訳じゃァ無ェよ。お前さんの場合は仕方ねえからなァ。」

「仕方ないって何よう!」

「だから怒るなよ。つまり、経験値が足りねェって事さね。」

「けーけんち?」

「あァ。………お前さん、人とはあまり関わらねェで来たんだろう?」


彼がそこまで言ったところで、ミラはグッと唇を噛むと悔しそうな顔をした。その表情から図星ととったイゾウは、一度居住まいを正すとニヤリと笑みを浮かべ身を乗り出した。


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