兎耳のアイリス

□その3
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「昼」と呼べる時間はとうに過ぎ、太陽の光も大分黄色味を帯びている、そんな時間帯。
着流しをゆったりと着流し煙管を飲むその男の姿は、どこか気だるげな、そして淫靡な雰囲気を醸し出している。


「よォ……お三方。」


女性と見紛うような優男風の外見とは裏腹に、その口から溢れ落ちるのは聞く者を惑わす程に色気を含んだテノールの響き。だがしかし、話しかけられたサッチにマルコ、それからミラは、彼のそんな溢れ出るフェロモンに惑わされている余裕は無かった。


「……おう、お前ェがここに来るなんて珍しいねい、イゾウ。」

「な、何か用事かってんだ。」


常と変わらぬポーカーフェイスで反応するマルコと、然り気無い風を装って背後にミラを隠す仕草をするサッチ、そして即座に姿を消すミラ。だが心中ではマルコはともかくミラとサッチは焦りを覚えていた。


(イゾウのヤツ、今サラリと『お三方』とか言いやがった!?)

(私、いま姿消えてるよね?あの人こっち見てない?)


基本的にこの船のクルーにはムサイ男どもしかいない。唯一の例外として医務室付のナースが僅かにいるものの、彼女達は数少ない女性なだけにクルー全員がその顔を把握している。それなのに色男の筆頭とも言えるイゾウがミラを誰かと見間違うとは考えにくかった。
だが、そんなサッチの考えを見透かすようにククッと喉を鳴らしたイゾウは、何かと含みを抱いた物言いをする彼にしては珍しく真っ向から切り込んだ。


「あァ………まぁ用事はあるさね。もっともそりゃお前ェさん達にじゃ無ェ。……サッチ、お前ェの後ろにいる、面妖なお嬢ちゃんにだが。」

(!?)


このイゾウの台詞に誰よりも驚愕したのはミラ本人だった。
今までの十数年の幽霊人生の中でも、確かにいわゆる「敏感な人」というのはいて、彼女が気を弛めていて見られた事はある。だが、基本彼女は「見せたい」意思で姿を現す時以外はそういった「敏感な人」は除いた普通の人間には見えないし、また「見せたくない」意思でそういった「敏感な人」からも見えないように姿を消す事も可能である。
そして今は「見せたくない」意思で姿を消しているはずなのだ。この状態で誰かに目撃された事は、今まで一度たりとも無かった。
それなのに。


「なァ、そこの『妖し』のお嬢ちゃんよォ。……言っとくが、俺の前で姿を消そうなんてェなら無駄な努力ってヤツだぜェ。」

「な、な、何言って……」

「………。」


イゾウが妖艶ながらも鋭さを併せ持った笑みを浮かべて追及してくるのに対し、サッチはあからさまにうろたえて答える。一方マルコは僅かに眉間に皺を寄せつつ、姿を消してサッチの背後にいるだろうミラを見やった。
少なくとも、マルコには今の状態ではミラの姿は見えない。サッチもまたそうなのだろう、チラリと自身の背後を確認した後に訝しげな顔でマルコに目配せをした。
その彼の瞳が「どうする?」と問うている。


(……どうするも、見えるってんならどうしようも無ェだろい。)


船内に余計な騒ぎを起こしたく無いからミラに「姿を消せ」と言い伝えていたのだ。だが見たのがイゾウならば悪戯に騒いだりもするまい。それにマルコ自身が、このイゾウという男は非常に頭が回りちょっとやそっとでは誤魔化す事は不可能である事を熟知していた。
食堂での件も、恐らくミラはちゃんと姿を消していたのだろう。しかしそれでもこのイゾウという男には見えてしまい、かつマルコやサッチもそれに関わっている事を見抜き、また見逃す気も無いようだ。


(どのみち、少しずつ感付くクルーもいるだろうしねい。)


マルコはひとつため息をつくと、サッチの方を向いて口を開いた。


「………ミラ、出て来ていいよい。」

「マルコ………。」

「どうせそのうちクルーにもバレるよい。」

「そう、………だな。ミラ、いいぞ?」


マルコの提案に僅かに心配そうな顔をしたサッチが問うが、マルコは諦めた様に答える。ことクルーの中でも信頼のおけるマルコが言うのなら、とサッチもまた考えたのだろう。振り返るといまだ姿の見えないミラへと向かって声をかけた。



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