兎耳のアイリス

□その2
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船内で起きたあらゆる事象は、当然の事ながら全て船長である白ひげに報告される。統制を取る為にもそれは絶対に必要だし、クルー達も皆それに疑問を持った事などは無かった。
だが、まさかこんなアホっぽい報告をする日が来ようとは。
そう考えたマルコは目を瞑って思案している白ひげを見上げ、何とも言いがたい居心地の悪さを感じていた。
にも関わらず、当の本人である少女はサッチの頭にのし掛かるように乗りながら能天気にニコニコしている。そもそもこの少女と、訳の分からない妙なコンパクトを手にいれたサッチのせいで自分はあんな報告を上げる羽目になったというのに。
あんな、


『船内に、幽霊が出現。』


などという馬鹿馬鹿しい報告を。
マルコはやるせなさそうにため息をついて親父の反応を待った。


「…十数年前に、探査船の沈没……か。」

「親父、何か知ってんのかい?」

「いや………。お前ェはどうしてえんだ、サッチ。」

「俺?俺は……」


しばしの沈黙の後、意味深な呟きを洩らした白ひげは疑問符を浮かべるマルコに目配せをした後に、サッチに向き直り問うた。

どうしたいか。

まさかそう聞かれるとは思っていなかった。

サッチは親父が決めた事には従うつもりだったから、自分がどうしたいかなどさっぱり考えていなかったのである。右手を見ればゴツゴツした手には不釣り合いな可憐なコンパクト。重みは感じないものの、視界の端には頭に乗る少女の髪がゆらゆら揺れるのが見える。


「もしもお前ェが困るってェなら、お嬢ちゃんには悪ィが諦めて貰うしかねェなァ。」

「えぇっ!?そんなぁ………」


白ひげの多分に含んだ物言いに少女が悲しげな叫びを上げた。そして更に続けて、彼女はサッチにしか聞こえない程の小さな声で呟く。


「……ちゃんと大事にしてくれそうな人、初めてなのに………。」


それを聞いた瞬間、サッチは少女には悪いが「そりゃそうだ」と思った。何が悲しくてわざわざ幽霊が憑いている道具を使わなければならないのだ、普通の人間ならば彼女の存在が分かった時点でコンパクトを手離すに決まっている。
けれど、とサッチはもう一度コンパクトを見つめた。
どういう訳か、今の彼にはこのコンパクトを手離すなんて考えられなかった。

美しい作りのレトロな可愛らしいコンパクト。
本来ならばこんなオッサンに片足を突っ込んだようなイカツイ野郎より、それこそ可憐な少女が持つのにこそ相応しいものだ。けれどこれの本来の持ち主であろう彼女には、もはやそれは叶わぬ願いなのである。

ふぅっ。

肩の力を抜くように柔らかなため息をついたサッチは、その男らしい眉をハの字に下げ、少しだけ困ったような微笑みを浮かべると白ひげを見遣った。


「……俺は別に構わないってんだ。このコンパクト、気に入ってるしな!」

「え……っ?い、いいの?」

「仕事の邪魔だけはすんなってんだよ。」

「……!!うんっ!ありがとう、サッチさん!」


サッチの台詞の意味を理解するなり嬉しそうにした少女は、弾けるような笑顔で飛び回り喜びを目一杯に表す。それを


「船長室で飛ぶなってんだよ、大人しくしてろ!」


と止めようとして追いかけ回すサッチの表情もまた明るい。
そんな二人を、白ひげはグララと彼独特の笑い声を上げて見守っていた。

一方、なごやかな風景を黙って見ていたマルコがふと思い付いたように声を上げる。


「ところで、名前が分からねえのは不便じゃねェかい?」

「「……あ。」」


すっかり忘れていた、とばかりにキョトンとした顔のサッチと少女が、それを聞いた途端同時にマルコの方へ向く。その早くも息がピッタリな様子に、僅かに渋い顔をしていたマルコですらもすっかりと毒気を抜かれたように吹き出したのだった。


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