サルビアのうた

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この光景を、あの子もそのうちどこかで見るのだろうか。
ピークヘッドへと続く階段を昇る白ひげの背中を見つめながら、ぼんやりとナツメは考えていた。

今日にも世界中に向かってこの光景は伝えられるだろう。
それをあの子、ルフィもどこかで目にするのだろうか。
新聞を読むようなタイプには見えないものの、あれほどまでにエースを慕っている風だったルフィの事だ。きっと飛び交う兄の名に気付くだろう。
その時の知らせが、彼にとって良いものであるように。
ナツメは一度空を見上げるとルフィの顔を思い浮かべ、ずり落ちそうな大黒天の帽子を整えた。

ピークヘッドに立った白ひげは、堂々とした姿で「愛する息子は無事か」と問うている。また、「少し待っていろ」とも。
それをエースは悲壮な表情で聞いている。
皆の制止を振り切って船を出たらしいからそれも仕方なかろうが、それでも帰ったら誉めてやろう。お礼も言おう。何せ弟は「二人が安心して戻る為」と言って出立したそうだから。ナツメはそう考えながら成り行きを見守った。

目の前に居並ぶ海軍もそうそうたる顔ぶれだった。オーズ程では無いものの常人よりも遥かに大きな、ナツメも初めて見る巨人と呼ばれる種族や、王下七武海と呼ばれる海賊、それに処刑台の下には三大将の姿もある。その中に見覚えのある顔を見つけたナツメは、僅かに目を細めてその人物を見つめていた。


(……青キジ……「またな」って、コレの事なの?)


前回別れた時に彼の口が紡いだ「またな」の一言。それはいずれこうなる事を示唆してのものだったのだろうか。あのときナツメを助けに来たのはエースで、今回はその立場が逆転している。
それは、果たして偶然なのか。


(いや、今は……考えるのは止めよう。)


それが分かったとて、自分達が取る行動に変わりは無いのだ。
ナツメはそう考えを改めた。

そうこうしているうちに、白ひげが派手に海震を起こす。こんなにも近くで白ひげの能力を見たのは初めてだったナツメは、それを記憶に刻み付けるべく意識を研ぎ澄ました。
だが、海がまるで巨大な山の様に盛り上がりマリンフォードを取り囲み始めた時、それまで黙っていたエースが口を開いた。


「……………!!オヤジ……みんな……」


久方ぶりに聞く弟の声は、だがしかし感情の波がうねり暴れるのを堪えきれないかの如く、尖りささくれている。
エースは感情のままに、なぜ来たのか、なぜ見捨ててくれなかったのか、と叫ぶ。


「……エース…、」


その弟の声は、気持ちは、ナツメの胸に何とも言えないもどかしさをもたらした。
だが、そんな彼女の気持ちは白ひげの一言で払拭される。


「いや…おれは行けと言ったハズだぜ、息子よ。」


当たり前の様に表情ひとつ変えない白ひげの言葉に、マルコもまた腕組みをしたまま至極当たり前のように同意した。そしてそれに呼応するかのように、クルー達からは次々に「エースを助ける」といった風な言葉が飛び交い、やがてそれは大きな声の嵐となる。


「とんでもねェモン呼び寄せたなァ…」


目の前で海賊達が一斉蜂起しているのを眺めながら、青キジは呟いた。


(どうやらあの嬢ちゃんもいる様だし、こりゃ分が悪いんじゃないの。)


隣に座る赤犬や黄猿は然程の危機感を抱いてはいない様だが、青キジだけはどうにも嫌な予感がして仕方なかった。
よもや戦場にまでナツメが来るとは思ってもいなかった。恐らく白ひげなり不死鳥マルコなりが彼女を無理矢理にでも下船させるだろう、と踏んでいたのだ。
だが、全く予感していなかったかと言えばそれも嘘になる。
いつか彼女とはこうして対峙する日が来る、そんな漠然とした予感が胸の奥底に有ったのも否定できないからだ。
そして、それは現実となった。
ナツメの能力を知っているからこそ、青キジは他の二人の大将よりも更に危機感を募らせているのだ。

何せ大黒天がいれば、どんな城も船も陥落しないのは歴史が証明しているのだから。


(……万が一にも火拳が解放されたらアウトだな。)


青キジは、人知れず小さなため息を溢した。



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