サルビアのうた

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さらり。
隣で眠る彼を起こさないように、と普段よりは幾分か気を使いながらナツメは寝返りをうつ。
もう幾時こうしているだろうか、そんな感覚すら麻痺してしまう程の時間、彼女はこうして寝返りを繰り返していた。
自室のそれよりも幾分か上等そうな滑らかな肌触りのシーツに包まれているにも関わらず、眠りの神様は一向に彼女のもとを訪れてはくれない。


(だって……、あんなの、ズルい。)


シーツから覗く自身の「誇り」を眺めながら、ナツメは独りごちた。








ナツメの話が終わった後、どちらともなしに「明日も早いから寝よう」という話になり、交代で部屋に備え付けられていた簡素なシャワーを浴びた。不測の事態にもすぐに対処出来るようにとマルコはいつものままの服装だったが、流石に彼女はそうもいかず、シンプルな黒のイージーパンツと白いTシャツに着替えた。そして灯りを消していざ就寝という段階になった所で、ベッドに腰掛けていたマルコが彼女の腕を取ったのだ。


「…?どうか、しましたか?」


月明かりの淡い光の中、突然すぎる彼の行動に僅かに身を固くしながらそう問うた彼女の瞳を、マルコは真っ直ぐにジッと見詰める。そして、不意に一度彼女の手に視線を落とした後、再び顔を上げた。


「…済まない、ねい。」

「??何が、ですか?」


唐突なる彼からの謝罪。
それに全く思い当たる節の無い彼女は不思議そうに首を傾げながら問い返す。
マルコは暫し黙り込んだ後にスッと視線を逸らすと口を開いた。


「…本来なら、俺らみてえに親父の『誇り』を…隠さねえでいられる筈なのに、よい。」


変装している間はブラウスの「萌え袖」に隠されている彼女の刺青を、彼女の腕を取っているその手の親指でするりと一撫でして、マルコはぽつりぽつりと語る。


「俺らァみんな…もちろんお前ェも、親父の志や生きざまや…そういうのをこの『誇り』と共に背負ってんだろい。」

「…はい。」

「それなのに、お前ェだけは隠さなきゃならねえ。」

「でも、それは、」


それは彼女の身を護る為である。
誰が言い出した訳でも無い。ただ、ナツメの「存在」であったりその「所在」であったりを出来るだけ不明確にする事が、彼女を危険から遠ざける事になる。そう自然な流れでなっているからこそ彼女自身も疑問すら持たずに過ごしていただけだ。
けれど、目の前のこの男は、それを「申し訳無い」と言う。

彼女には不満なんて無かった。
自身がそうして「護られている」自覚だって有った。
ほんの少しの煩わしさを感じた事は有ったけれども、皆の心配を無視してまで我を通そうなど、思った事も無かった。

今日はたまたま服屋で、帽子を取ろうと手を伸ばしたからあのルーキーに「誇り」を見られてしまったが、別にそれでどうにかなった訳でも無い。


「……私は、」
「だが、」


ナツメが不満など無いと口にしようとした時、それと被る形でマルコが声を発した。だから、彼女は暫し押し黙る。


「…だが、俺ぁ知ってる。」

「……。」

「俺ぁ、分かってるよい。」


何を。
そう、ナツメが問い返す間もなく。


「ナツメがどんな覚悟で『誇り』を背負ったのか。俺ぁ……俺達ぁ、知ってる。」


だから、今はそれで赦してくれよい。
逸らしていた視線を再び彼女に向けると、マルコは真っ直ぐに射抜くかの如き眼差しで、囁くようにそう言うと、


「…っ!?」


かするような僅かな口付けを、彼女のその「誇り」に落とした。

それはまるで何かの誓いのような。
或いは懺悔のような。

互いに海賊だというのに、まるで神聖な儀式のような一瞬だった。







(…眠れないよ、もう!)


かれこれ数時間頬に走りっぱなしの熱を持て余したナツメは、隣のベッドで穏やかな寝息をたてている上司の背中を睨み付けると、小さなため息をつく。


(やっぱり天然タラシだよ…まったく。)


普段のからかう様なノリではなく、あの時の彼は真剣そのものだった。故に、彼女は心中でそうごちながら眠れぬままに夜は更けていった。




翌朝、どこぞのルーキーも真っ青な隈を拵えたナツメを見て、マルコは能天気にも「夜更かしはお肌に悪ィよい」等と言い放ち、苛立った彼女に鶏冠を引っ張られたのだった。


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