サルビアのうた

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サラサラとこぼれ落ちてくる長い髪を煩わしく思いながら、クロエは必死に動いていた。
こんな事なら、髪を縛って来ればよかった。
そう思いながらも、その手を休める事は無い。


「1!2!3!4…」


普段は艶やかなルージュに彩られている唇も、今は生まれたままの味気ない姿でひたすらにカウントだけを刻む。


「なんで…なんでこんなっ…」


横に控えていたナースの一人、ジーナが堪えきれずにとうとう顔を覆い泣き出してしまった。だが隣にいたキャサリンに直ぐ様


「ベソかくんだったら外でやって!」


と叱咤された事で、ジーナはハッと我に還りきゅっと
下唇を噛むと一つ深呼吸をした。そしてキリリと表情を引き締め、


「ごめん、大丈夫」


と呟く。
その間も休み無く繰り返されるクロエの心肺蘇生。汗を滲ませながらひたすらに上下に動くクロエの脳内は、決して顔には出さないものの後悔の念で溢れていた。


ナツメの「お願い」を、聞くべきではなかったのではないか。


そんな、後悔の念が。
それを敏感に感じ取ったキャサリンが再び口を開いた。


「先生、代わります!」

「……ありがとう、お願い。」


額に浮かんだ汗を拭いながらベッドから下りたクロエは、すぐにそこに横たわっている人物の枕元に立つとその様子を確認しながらも


「しっかりしなさい、ナツメっ!」


と呼び掛けた。










ナツメとサッチが運ばれた後、付き添って医務室に同行しようとしていたエースは、マルコに


「お前ェはまず風呂と着替えだよい。」


と言われ、駆けつけたシムとワーズの手によってなかば強引に風呂に連れて行かれた。仕方無しにシャワーを済ませ着替えたものの、脳内を埋め尽くす凄惨な映像と纏まらない考えに心ここに在らずといった様子だった。
それでも、身仕度を終えたエースは何かに突き動かされる様に医務室まで戻ったが、室内から聞こえてくる緊迫したやり取りを前に扉に手をかける事が出来ずに立ちすくむ。


「……サッチ、ナツメ…。」


俯いて、何かに耐えるかのように伸ばしかけた手をぎゅっと握り締めた彼の背中は、「頼れる隊長」ではなく「傷付いた弟」の姿だった。
そんなエースを目の前に、クルー達も皆声をかける事が出来ずに互いに顔を見合わせる。

そうなのだ。
普段クルー達の前では強気で、戦闘においてもほぼ負け無しの頼もしい「隊長」だが、考えてみればエースはまだ少年の域を脱したばかりのいわば「ヒヨッコ」なのだ。
それを改めて感じたクルー達は皆、今はそっとしておくという選択肢しか選べなかった。
だが、そこに駆け寄って来た一人の人物。


「エース、やっと見つけたぜ!」


ダカダカと荒っぽい靴音を響かせてやってきたラクヨウは、エースに代わって2番隊クルーも含めた点呼を取っていた。
嵐の最中を航海中に起こった今回の事件で、考えたくも無かったが各隊長達は念の為に全クルーに招集をかけ点呼を取った。それはつまり身内に犯人がいる可能性を考慮している、というのに他ならない。そして、茫然自失だったエースに代わり2番隊の点呼を任されたラクヨウは、彼にしては珍しく青ざめた顔をしてごくりと唾を飲み下すと言いにくそうに口を開く。


「エース、落ち着いて聞けよ?」

「……おう。」

「ティーチが、いねえ。救命艇も一隻消えてる。」

「!!」


バッと顔を上げたエースは、信じられないとばかりに目を見開いて絶句した。

ちょうどその時、医務室から今までよりも更に緊迫した声が聞こえてきた。
そのやり取りの中に「ナツメっ!」という誰かが叫ぶ声を捉えたエースは、今度は躊躇無しにドアノブに手をかけ扉を押し開けた。


「……嘘だろ。」


エースの目に飛び込んできたのは、ベッドに横たわりピクリとも動かない姉の姿と、その姉の上に馬乗りになり必死に心肺蘇生を施しているクロエの姿だった。



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