サルビアのうた

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その日は、朝から雨だった。

見渡す限り海ばかりの景色に降り注ぐ雨は陸地に降る雨とは違い、しとしとという音がしない事をナツメはこの船に乗ってから初めて知った。
その時の驚きを思い出して、窓の外を眺めながら小さく笑い声を溢した彼女に、マルコは不思議そうな顔をした後に問いかける。


「思い出し笑いかい?」

「え?……ああ、すみません。」

「思い出し笑いはスケベがするんだよい。」

「そのお約束の突っ込み、久々に聞きましたよ。」


ニヤニヤとした笑みを浮かべてからかうように言うマルコに、負けじとナツメも言い返す。そして不意にハッとした顔をすると


「だからサッチ隊長はいつもニヤニヤしてるんですね!」


と言い放ち、マルコに鼻からコーヒー噴射の実演をさせてしまった。
慌てて立ち上がり、ゲホゲホとむせるマルコに歩み寄るとその引き締まった背中をトントンと叩いてやりながら、ナツメはふと「そういえば…」と呟いて昨夜の食堂でのやり取りを語りだした。
もちろんマルコもサッチが悪魔の実について悩んでいる事は知っていたし、本人からも話を聞いている。だがサッチが親父でも隊長でも、他の誰でもなく敢えてナツメに突っ込んだ話をしたのは、何か彼なりのプライドか何かが有ったのだろう。そう思ったマルコは彼女の話を黙って一通り聞いていた。


「…で、サッチ隊長、たぶん何か悩んでいたんでしょうけど、吹っ切れたような顔してました。」

「なるほどねい…『良かった事』かい。」


ナツメの話を聞き終えた後、マルコはある意味納得してしまった。確かに、自分を含めこの船の能力者は皆望んで悪魔の実を食べた。恐らくサッチはカナヅチになるリスクを負ってまで能力者となる事の「意義」を見出だしたかったのだろう。それならば、他の能力者に聞いた所で答えは知れている。だから恐らく身の回りで一番「模範解答」から遠そうな彼女に質問したのだ。
そして、ナツメの答えを聞いた上で「吹っ切れた」と言うのならば、恐らくは。


「食う…んだろうねい。」

「やっぱりそうなのかな…」

「嫌かい?」

「…勝手な言い分なのは分かっているんですが、何て言うか……。」


ナツメの脳裏には、ずぶ濡れで自慢のリーゼントが崩れたのを掻き上げながら笑うサッチの姿が浮かび上がる。彼女がピンチに陥った時に、迷うことなく飛び込み力強い腕で救い上げてくれた彼。
その彼が、カナヅチになる。
それは自分勝手な考えと分かっていても、ナツメの心にどこかもの悲しいような寂しいような気持ちを沸き立たせた。


「ま、決めんのはアイツだよい。」

「はい。……はい。」






この時の彼女の気持ちを知っていたならば、サッチは「あの選択肢」を選ばなかったのだろうか。

それは、誰にも分からない。


徐々に強さを増す雨足と暴れ始めた海風の中。
モビーディック号は、もうじき嵐の海域へと突入する。



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