サルビアのうた

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どんよりとした曇り空の下、いつもより少しだけざわめく海を航行するモビーディック号。
航海士いわく、もうしばらく行くと嵐の海域に入るらしい。その為、ナツメを始めとした女性陣は今のうちにとばかりに大量のシーツやらカバーやらを洗濯し、現在甲板は洗濯物によって鍛練する場所も無い程の賑わいを見せている。

そんな、おおよそ世界に名を轟かす海賊団の船とは思えない光景…風に煽られたシーツ達がまるで寄せる波のように揺らめく、そんな中を縫うようにエースは姉の姿を探して走り回っていた。


「ナツメーっ!どこだぁー?」


先ほど事務室に赴いた折、彼は先輩でありまた同僚とも言える事務室の主の一人1番隊隊長のマルコに不在の姉の行方を訊ねた。
眉間に皺を寄せ事務仕事の時のみかける眼鏡をクイと持ち上げたマルコは、エースの義姉でありこの船唯一の事務員であるナツメが、この時間はナース達と共に甲板で洗濯に勤しんでいるらしい事を告げるとため息を一つついてタイプライターに向かった。
どうやらマルコはこの一つ一つ文字を打ち込む機械があまり好きではないらしい。普段ならばその作業を買って出ているナツメが別方面の作業に駆り出されたせいで、その仕事を代行しなければならない彼のストレスゲージは最早点滅している。しかしそんな事は気にも止めないエースは手短に礼を言うと事務室をあとにした。

そしてそんな上司の期待を一身に背負った姉の姿を探して、エースは先程から身体にまとわり付くシーツの海に乗り込み孤軍奮闘していたのである。
なにせ常時清潔とは言い難い海の荒くれ男達が使うシーツを、こうも純白になるまで洗い上げているのだから彼女達の苦労は押して知るべし。万が一にも落としたりして汚したら姉にこっ酷く叱られるだろう。
今までの経験則からそれを熟知していた彼は、持ち前のフットワークの軽さを生かしてヒョイヒョイとその波をかわしながら姉を探していたのだ。
程なくして、弟の声を聞きつけたのか右舷前方から「エースぅ?」と聞こえてきた若干間延びしたような声に導かれ、2番隊隊長は目的の人物を探し当てた。
シーツの波打ち際からひょっこりと顔を出したナツメは、駆け寄ってくる弟が何か紙切れを手にしているのに気付き小首を傾げる。


「ナツメっ、これ見てくれよ!」


エースはその紙切れを彼女の眼前にズイと差し出し、腰に手を当ててフフンと一つ大きく息をついた。「なに?」と言いながら受け取ったナツメはしげしげとその紙切れを見詰める。


『DEAD OR ALIVE
Monkey・D・Luffy
β30.000.000』


「これって…!」

「にっしっし!」


その紙切れに写し出されている、満面の笑顔の少年。出会ったころのエースよりも更に幼く見える彼は、しかしその少年らしい雰囲気の中にも不思議と人を惹き付ける「何か」を感じさせる。また、面差しは違うものの写真を通しても分かる、纏うその雰囲気が目の前の弟にそっくりな彼。


「この子が、ルフィ君…」


幼いエースの「心」を救った一人。
写真を見るだけでも分かる、その「器」とでも言うべき何か。


「そう…、この子が。」

「おう!まだ3000万ベリーだけど、すぐに大物になるぜ!」


感慨深そうに手配書を見詰めるナツメの横で、まるで自分の事のように誇らしげに胸を張るエースは、曇り空の下手配書の写真に負けないくらいに満面の、まるで地上に降りた太陽のような笑顔で笑っていた。



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