過去clap

□2016/04/01〜
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【9、枝豆】




放置されて久しい畑が青々としているのを最初に発見したのは、ぶらぶらと散歩をしていたエースだった。


「なぁ、これ豆だよな?」

「そうだねい。」

「食えっかな?」

「まだ青いから、熟してねえだろい。」


近場にいたマルコに、畑から採ってきたサヤ付きの豆を見せて聞いてみたのだが、その返答は残念ながら彼の望むものではなかった。だが諦め切れなかったようで、暫く掌の上の緑色を眺めていたがやがて顔を上げると、


「一応サッチに聞いてくる!」


と言って駆けていく。
そんな末弟の姿をチラリと見遣った後、マルコは朽ち果てた小屋へと視線を移し、小さな溜め息をついた。


(この島が無人島になってから、けっこう経つねい……。)


昔は農業が盛んな豊かな島で、立ち寄った折にはよく新鮮な野菜を仕入れたものである。だが、若者はそんな質素で素朴な島を見限って華やかな都会の島へと移住し、残った島民も段々と高齢化してしまった。そして、ついに数年前には無人島となってしまったのだ。
日焼けした顔をくしゃくしゃにして、笑顔で白ひげに野菜を差し出していた農夫の顔を思い出し、マルコはもう一度溜め息を溢した。










「サッチサッチサッチサッチサッチー!」


目当ての人物を見つけたエースは、メラメラと舞い上がり甲板に着地すると喚きたてる。あまりにも名前を連呼されたサッチは眉間に皺を刻みながら振り返ると、


「うるっせえよアホが!」


と迷惑そうに言い放った。だがこのエースという人物は、その程度の事など気にも止めないゴーイングマイウェイ極まる人間である。案の定ダカダカとブーツの踵を鳴らしながら駆け寄ると、宝物を見つけた子供の様な表情で、サッチの目の前に拳を突き付けた。


「…………やんのか?」

「ちっ、違ェよ!これ見てくれよ!」


末弟を見つめる、僅かに棘を含んだ眼差し。それに気付いたエースは慌ててかぶりを振ると、掌をゆっくりと開きそれを見せた。


「………あん?何だってんだぁ?」

「これ、畑に生えてたんだ!豆だよな?」

「まぁ………そう、だな。」


エースが持ってきたのは、彼の言う通りまごうことなきサヤ付きの豆である。手入れされていない畑で育ったせいか些か小振りではあるが、サヤの中にはしっかりと実も入っているようだ。


「マルコはまだ熟してねえから食えねえ、って言ってんだけどさ。」


豆を受け取ると黙って観察しているサッチに、エースは先程のやり取りをザックリと説明する。確かに、まだサヤは青々としているし、匂いも青臭い。だが、そこでサッチはハタと気が付いた。


「これ、大豆だな。まだ若いが……。」

「やっぱり食えねえのか?」

「………いや、」


叱られた犬の様にしょんぼりとするエース。しかしサッチの脳内は別の事で埋め尽くされていた。


(………まだ若い………大豆………)


荒れた土地でも育つ大豆は、優秀な作物だ。乾燥させて保存性を高めたそれは、様々な料理に使えるとても便利な食材である。そんな大豆を、「例の本」は「エダマメ」として紹介していた。ただ、本の説明によると「まだ熟していない若い大豆」を使用するとのこと。
調理法は至って簡単。塩ゆでにする、ただそれだけだったのだが、酒のつまみには最高だとも書いてあったのである。料理人としてはその調理法には興味は湧かなかったものの、簡単なのにつまみには最高だというその記載に興味があった。
ただ、何処の市場を探しても「熟す前の若い大豆」など売っていなくて、なかば諦めてもいたのである。


「エース、でかした!」


サッチはそう言うなり踵を返し歩き出した。


「あ?んん?………食えんの、か?」

「ああ!収穫しに行くってんだよ!」


キョトンとするエースを他所に、サッチは必要な道具を取りに船内へと駆けて行く。残されたエースはポカンとした後に、ニヤリと口角を引き上げると


「………へへへっ!」


と照れた様に鼻の下を擦った。












宴の席に、見慣れない青々とした物が山盛りにされている。


「バーカ、サヤは食わねえんだよい。」

「あ〜、俺これ好きだ!」

「あっ、悪ィ、飛んだ!」

「やめられない、止まらないよコレ!」


自身のほんの数分前の事を棚上げし、仲間にしたり顔で語る者。
素直に舌鼓を打つ者。
うっかり豆をサヤから飛ばしてしまう者。
ひたすら永久機関の様に貪り食う者。

皆が皆、かつては発想すら無かったはずの若い大豆を楽しんでいる。
そんな中、ようやく仕事が一段落したサッチは手近な皿から枝豆を一サヤ摘まみ、口に含んだ。
するり。
難なくサヤから飛び出した豆を、噛む。
鼻に抜ける独特の、だが不快ではない香り。
僅かに塩気があり、しかし豆本来の味もしっかりと感じられるそれ。
他の島では手に入らない以上は、どんなに単純な調理法だろうとも、滅多に口に出来ない馳走だ。


「次からは、今の時期の定期ルートに追加してもらわなくちゃな。」


もぐもぐと豆を咀嚼し飲み込んだ彼は、この「枝豆」という新たな食材の更なる利用方法を開発する為に、酒を飲むのも忘れて再び皿へと手を伸ばした。




【九食目、枝豆、完食。】

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