過去clap

□2016/03/01〜
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【8、水まんじゅう】




ギラギラと照り付ける太陽は、生きとし生けるもの全てから水分という水分をかっさらおうとでもいうのか。


「くっそ。髪が日焼けしちまうよ。」


夏島近海を進むモビーディック号の甲板で、自隊の鍛練を終えたイゾウは忌々しげにそう吐き捨てると船内へと続く扉をくぐる。
短銃をメインに使う16番隊とはいえ、日々の肉体鍛錬は欠かせない。それは気候が暑かろうが寒かろうが変わらないのだ。なにせ敵はこちらの都合などお構い無しにやってくるのだから。


「こんな日は冷茶に限らぁ。」


欲を言えば冷たい甘味なども欲しいところだが。
そんな風に考えながら、下駄をカラコロと鳴らしつつ長い廊下を歩く。白ひげを初めとした大柄なクルーも多いため、モビー・ディック号の船内はイゾウのような常人サイズにとっては広々とした造りで、彼愛用の下駄の音色もよく響いた。イゾウは歩みに合わせ耳に届く小気味よいリズムに気をよくしながら食堂へと向かう。その道中、ふとある事に気づいた。


「………ん?甘味って言やぁ……」


サッチの「あの本」に、確か載っていたはずだ。「あれ」ならば、今日のような暑い日にはもってこいではないだろうか。
紅に彩られた形の良い唇をクイと引き上げた彼は、見惚れそうな妖艶な微笑とともに食堂の扉をくぐった。










「水まんじゅう、ねぇ……」


先ほど厨房に現れたイゾウから、例のレシピ本に載っていた菓子の製作を求められたサッチは、作り方を眺めながら呟く。


「なになに……『本来は葛という植物の根から採れる葛粉を使用するが、片栗粉でも代用可能』……なるほど。まぁ簡単そうだし、やってやるかってんだよ。」


まんじゅうと言うからには丸くて中に餡が入るのだろう。作り方を読む限りは容易に出来そうである。ただ一つ気になったのは、『水』という部分であるが、まあ代用に使うのが片栗粉ならばなんとなく想像出来た。サッチは道具を準備しながら、再度作り方を確認する。


「あとは餡か。確か食糧庫に……」


イゾウの希望で、大量では無いものの瓶詰の小豆餡が保管されているので、それをいくつか使おうとサッチは食糧庫へと向かった。
ほどなく目的の場所にて目的の物を見つけた彼は、持参したカゴに瓶詰を数本入れて立ち上がる。そして、ふと気が付いた。


「ああ、そういやぁ……」


随分前に己の手で加工した、こちらも瓶詰の食品。エースが勝手に開封して食べたものだから、その数も大分減ってしまっているものの、せっかくだから使ってみようか。
棚に並べられた沢山の瓶詰の中から一つ取り出したサッチは、それもカゴに入れると食糧庫を出た。

彼の脳内には、もう暑い夏島にふさわしい、涼しげで美しき菓子の完成図がありありと浮かんでいた。









透明で、つやつやしていて、しかもふるふるしている。

耐久性を重視して揃えている木の食器の上には、澄んだ泉の水のような美しい菓子が鎮座していた。これが硝子の器だったのならば、ちょっと粋な高級菓子にも見えるかもしれない。


「おっ!いいねいいねえ!」


目当ての物を、写真や挿し絵も無い料理本の文字から見事に再現してくれたサッチを、イゾウは改めて見直した。
てんだよてんだよ鬱陶しいだけの男では無いのだな、という若干失礼な心中ではあるが。
珍しくテンション高めで嬉しそうにしているイゾウを見て、サッチもまた分かりやす過ぎるドヤ顔でふふんと鼻を鳴らした。
早速持参した冷茶を湯飲みに注ぎ入れたイゾウは、食堂の定位置である一画で綺麗な所作で手を合わせると、今日のおやつ「水まんじゅう」へと菓子切代わりのフォークを入れる。そして上品に一口分だけ切り分け、柔らかなそれを落とさぬ様に口へと運んだ。


「…………。」


つるんとした食感の後、口の中で儚くほどけ餡の甘味が押し寄せる。その味を堪能しながら、無言でしかし満足そうに頷くイゾウ。時おり渋めの冷茶を飲みながら、彼はその味の対比を楽しんだ。
小ぶりゆえに瞬く間に一つ食べ終えたイゾウは、すぐさま皿に残るもう一つの菓子へもフォークを入れる。だが、不思議な事に見た目は先程食べた水まんじゅうと変わらないそれは、フォークが餡の部分で何かに当り止まってしまった。


「………うん?」


疑問符を浮かべたイゾウが厨房へ戻って作業をしていたサッチを見遣る。しかし目があったサッチは意味ありげにニヤリと笑うと、再び作業を再開してしまった。
なるほど、とにかく食ってみろと言うわけか。
イゾウはフンと鼻を鳴らすと、上等だとばかりに再び皿へと向かう。止まってしまったフォークは、もう少し力を入れたらプツリという僅かな感触がし、水まんじゅうを切り分けた。
その断面を見て、イゾウは気が付く。


「……ほぉ、粋な事をしてくれるじゃあないかい。」


小さく呟いた彼は、一口分になった菓子を口に含むと先の一つより更に慎重に味わった。
鼻に抜ける、独特の薫り。
旨味が凝縮された汁を含む、滑らかな果実。

餡の中に隠れる様に入っていたそれは「栗の渋皮煮」。

いつぞやの島でイゾウが収穫し、サッチが加工してくれた料亭などで供される高級菓子である。それを中に仕込んでくるとは、これはサッチにしてやられたな。イゾウはそう思いながら、口内を蹂躙する上品な甘さに舌鼓を打った。
どうやらサッチは、イゾウの予想を上回るスピードで確実にレベルアップしているようだ。

次は本膳料理でも頼んでみようか。

冷茶を飲みながら、家族が更なる高いハードルを用意する気でいる事など、サッチは当然気付きもしないのであった。



【八食目、水まんじゅう、完食。】

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