過去clap

□2016/02/01〜
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【7、カレーライス】




「う〜〜〜〜ん………」


目の前には、残り物の料理たち。
それらを前にうなり声を上げるのは、4番隊隊長のサッチ。
船旅では食糧はとても貴重だ。だから、今彼の目の前にある「残り物」だって、すなわち残飯という事にはならない。殆どは上手く再加工して、次回の食事や賄い等に生まれ変わる。だが、彼が頭を悩ませている原因はそこではなかった。


「………何が悪ィんだろうなぁ。」


前までは空っぽになっていた寸胴鍋には、今日は10センチ程度残っているカレー。これは、明日のスープにでもしよう。
大皿には、トッピング用の揚げ物やスクランブルエッグ、ローストした野菜にナン。こちらは賄いで消費してしまう。
残っている量自体は、さほど問題ではない。
だが。


「上手く出来てると、思うんだけどなぁ………。」


彼のコックとしてのプライドが、ちくちくと痛むのである。
モビー・ディック号の食堂では、カレーは具を溶けるまで煮込んだサラリとしたルウに、各々好みでトッピングするのが定番のスタイルだ。今まではそれに不満は出なかったし、ここまで残る事も無かった。しかし最近は今日の様にトッピングはおろかカレー自体も残る事が増えた。


「飽きた……とか?」


やれやれ参ったな、という顔で頭をポリポリと掻くサッチ。
自慢では無いが、カレーには少し拘っている。市販のルウはおろかミックススパイスだって使っていない。前日から他の料理の傍らで、手間暇かけて一から作っているのだ。
なのに、一体何故か。


「少し、目先を変えてみるかなぁ。」


週一のカレーの日、すなわち来週のカレーへと、彼は作戦を練り始めた。






それから、1週間。


「さぁて、今日のカレーはどうだろうなぁ。」


寸胴鍋の中身をぐるぐるとかき混ぜながら、サッチは一人ごちる。ふと鍋に視線を落とせば、そこにはいつも彼が作っていたそれとは違い、ドロリとした濃い目のルウに人参やジャガイモが見え隠れしていた。


「……カレー丼、だったか?」


例の料理本に書かれていた、カレーの一種らしい料理。それはサッチの知るカレーとは、少し違った。まず、具はかなり大きめに切られており煮込んでも形が残っている。というか、いつものカレー程長時間は煮込んでいない。そのかわり、隠し味がいくつか入れられていた。代表的なものでは、ソースとケチャップ。それから、本にはカツオ出汁を取ると書かれていたが、丼にする気は無かったので粉末のダシ粉を入れた。
実はモビー・ディック号の食堂は、とある事情から一時期サッチ以外のコックがコック長を代行していた事がある。どうやらその時に出されていたカレーライスが、クルー達のハートを鷲掴みしていたらしい。参考の為にとクルー数人に聞き込みをしたサッチは、そのカレーが作り手のコックいわく「田舎のお母さんのカレー」と称していた事を突き止めた。
ならばそのコック本人に作り方を聞けばいいのだが、それではつまらないと彼は考えた。どうせなら、自分は自分で別のカレーで評価されたい。完全に真似をするよりは、新しい可能性の追究をしよう。
そう考えたサッチは、例の料理本にあった「カレー丼」なるものからヒントを得て、今回のこのカレーが出来上がった。
それは、コックやシェフが作るカレーとは違い、見た目は野暮ったくも見えるカレー。
田舎風というのを意識して、野菜は大振りで食べ応えがあるように。その野菜にしっかりと絡むようにと、ルウはドロリと濃い目に。そのルウ自体も、洗練された上品なそれではなく、あらゆる隠し味を入れて味を複雑にする事で、出来るだけ飽きが来ないように、ライスが進む様に考えた。
そして。


「サッチ、おかわり!」

「今日のカレー、俺好みだ!」

「ジャガイモうめえ!」

「バーカ!カレーの主役は人参だろ!」


程なくして、食堂は賑やかな声で溢れ、用意したカレーもライスもものの見事にスッカラカンになった。
考えてみれば、この船の食堂はレストランではない。働き盛りの荒くれ男達には、上品なカレーよりも何よりも「飯が進む」カレーの方が受けがいいに決まっている。


「うちのカレーは、今後はこれで決まりだってんだな!」


ニヤニヤと達成感に浸るサッチ。だがそんな彼の耳が、食堂からかすかに聞こえる小さな声をキャッチした。


「……でもやっぱ、俺ぁアイツのカレーが一番好きだな。」

(………なぁにぃぃぃぃぃ!?)


海賊コック、サッチ。
彼のカレー道はまだ始まったばかりである。



【七食目、カレー、完食。】
【サッチ、現在連敗中。】

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