過去clap

□2016/01/01〜
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【6、牛タンシチュー】




ステーキ、焼き肉、すき焼き、ビーフシチュー。
牛肉を使用した料理は数多有るが、「タン」なる物を、サッチは見た事が無かった。


『おとなしくしろってんだよ!』

『ゥンモー!!ウンモー!!!』


つぶらな瞳からポロポロと大粒の涙を溢しながら、牛はサッチの丸太の様な腕から逃れようと必死に後ずさる。逃がすまいとその首をしっかりとホールドした彼は、巨大なペンチ状の工具を牛の口に突っ込もうと悪戦苦闘だ。


『モーーー!!ンモーー!!』

『わあぁぁっ!!』


まさに暴れ牛。身の危険を感じた牛は全力で左右に首を振る。首根っこにかじりつく様にしていたサッチは、憐れその勢いで吹っ飛ばされてしまった。




「………なーんてな、ハハハ………」


料理本を眺めながら乾いた笑いを洩らしたサッチは、その『牛タンシチュー』なるメニューのページを読み進めながら、脳裏に浮かんだあらぬ妄想を振り切る様に頭を揺らした。
大体わざわざそんな危険を冒さずとも、もうじき次の島に到着するのだから、肉屋に頼めばいいでは無いか。そう考えたサッチは胸ポケットから小さなメモ帳を取り出すと、買い出しメモの一番下に「牛タン(舌)」と書き込む。


………――――ぽたり。


そんな時、不意にテーブルに落ちた雫に気が付いた彼はついと視線を上げた。


「なん………って、うっわ!エース、なんだってんだよ汚ねェ!!」


彼の目の前にはいつからいたのかエースが立っていて、本を覗き込みだらだらと涎を垂らしている。
エース、本読めたんだな。
なんて失礼な事を思いつつ、サッチはレシピ本が汚れないようにどかしながら、端に有った台拭きでテーブルを拭いた。
性分なのだろう、ブツブツと言いながらもわざわざエースの口元を拭ってやるまるでオカンなサッチに向かって、エースはぎょろりと目を動かすと口を開く。


「……サッチ、この肉、トロトロなのか?」

「あ?なんだ急に。」

「ここに書いてんだろー!?ホロホロでトロトロだ、って!!」

「あ、ああ、そう……らしいってんだよ。」


やっぱり読んだの?この文字だらけの本を?エースが?
しかも、歯応えのある骨付き肉にかぶり付く事を愛してやまなそうなエースが、どちらかと言えばお上品な部類に入るデミグラスのシチューだって?
サッチは弟の食への執着にかなり引き気味になりつつも、なんとかぎこちない返事をした。それを聞いた途端、エースはフンッと荒い鼻息を吐き出し駆け出す。そしてドアの前で振り返ると


「牛の舌だな!俺、アトモスに頼んでくる!!」


と叫び、眩い太陽の様な笑顔で出て行った。
サッチは何を言われたのか分からずポカンとした後に、サッとその顔色を変えると同じく椅子を蹴り走り出す。


「だからエースっ!アトモスは牛じゃねえってんだよ!!」


サッチのその叫びと同時に、甲板から「島に着いたぞー!」という声が聞こえたものの、残念ながら彼の耳には届いていなかった。
って言うかアトモス逃げて。










照明を反射する艶やかなルゥが、まるで見る者を魅了するかのようにとろりと流れて皿へと落ちる。銀色のレードルによって掬い上げられたそれは、純白の陶器の皿へと納まりホカホカと湯気をたてて人々を誘った。


「うんめー!!ホロホロでトロトロだーー!!」


いの一番に食いついたエースが歓喜の叫びを上げている。それを横目でチラリと一瞥したアトモスは、他のクルーよりも大振りのスプーンでシチューを掬うと口へと運んだ。
ごろり、と大きな肉の固まりが口腔へと転がり込み、その身に含んだ甘い脂の香りが鼻へと抜ける。歯を立てずとも、舌で押しただけで肉の旨味を吐き出すそれは、確かにエースの言う通りトロトロに煮込まれ儚く形を失った。ただのビーフシチューだってサッチが作るものは絶品なのに、この「牛タンシチュー」なるものはまた格別だった。


「なるほど、こりゃぁ………。」


エースが「牛タンが必要なんだ」と言って己を追いかけ回し、あまつさえ己の口に頭から突っ込んできて舌をグイグイと引っ張ったただけの事はある。
そう続く言葉を、ヒリヒリと痛む舌で優しい味わいの肉とともに飲み込んだアトモスに、サッチはカウンターの向こうから申し訳なさそうに手を合わせたのだった。




【六食目、牛タンシチュー、間食。】

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