過去clap

□2015/12/01〜
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【5、小エビの唐揚げ】



「……いたいた。お〜い、サッチ!」

「あん?……お、ナミュールじゃねえか。帰ってたのか。」


最近のマイブーム、件の料理本を眺めながらカフェオレを飲んでいたサッチは、食堂の扉からひょっこり覗いた青肌に気付いてニカッと笑顔を浮かべる。


「おう、今さっきな。ところでよ、サッチ。」

「うん?」

「お前これ、使うか?」


遠征から久々に帰って来たというのに、ナミュールはサッチの顔を見るなり挨拶もそこそこに何かを差し出した。


「……ちっさ!」


どれどれと水掻きのある掌を覗き込んだサッチは、思わずそう声を上げる。それもそのはず、ナミュールの海の男らしいゴツゴツした掌の上に、ちんまりとした五センチ程度の茶色のエビが一匹乗っていたのだから。


「そうなんだよ、小せェんだけどよ。網投げたら大量にかかってよ。使えるかぁ?」

「いや、ここまで小せェとビスク位にしかなんねえってんだよ。けど、今夜はお前ェ達の帰還祝いの宴になんだろうし………」

「やっぱダメか。釣りのエサにでもすっかなぁ。」


料理出来ない事も無いが、いちいち皮を剥くには小さ過ぎる。かといって、皮ごと使うとは言えビスクは汁物だから宴には不向きだろう。
腕組みをして考え込むサッチを見て、ナミュールは少しだけ残念そうに呟くと踵を返した。だが、サッチが不意にテーブルに寄りかかった時、ペラリと紙が捲れる小さな音がした。それに気が付いて、ああそういえば自分は読書をしていたんだった、と思い出したサッチはそこでピタリと動きを止める。

エビ。
小さなエビ。
殼つき。
宴。

ピーン!

そんな音が聴こえたのかどうかはさて置き、サッチは脳裏に閃いた文字の数々に慌てて顔を上げると、遠ざかるナミュールに向かって声をかけたのだった。






夜。
モビー・ディック号甲板は貝〈ダイアル〉の灯りで煌々と照され、まるで海に落ちた彗星かの様に輝いている。あちらこちらで車座になって酒を飲み交わす男達はみな、笑顔で話に花を咲かせていた。


「………で、仕方ねえから魚人島まで送って行ったんだよ。」

「へぇ、人魚ねぇ……可愛かった?」

「んまぁ、可愛いっちゃあそうだろうな。綺麗系じゃ無ェな。」

「ふぅん。勿体な〜い。」


ナミュールはハルタに遠征中の出来事を話しているようだ。どうも彼は旅のさなかに迷い人魚に出会い、それを魚人島まで送り届けたらしい。それを聞いたハルタがニヤニヤとした笑みを浮かべナミュールをからかう。もっとも、ナミュールから女性がらみの話が出るのはかなり珍しい為、からかいたくなるのも仕方ないだろうが。


「そんで、その帰り道にな……お、来た来た!」

「なに?なにさ?」


ナミュールが話の続きを再開した時、タイミングよくコック達が追加のつまみを持って甲板へと現れた。


「おぅい、こっちにもくれや!」


手を挙げてコックを呼んだナミュールは、まだ湯気の上がる皿を受け取ると「ほぉ〜」と呟きながら座り、ハルタとの間に皿を置く。


「……なにこれ。エビ?小さいけど、殼ごと食べるの?」

「多分な。……どれ。」


訝しげなハルタを余所に、ナミュールはまだ熱々の小さなエビを一つ摘まみ上げた。
うっすらと白い衣を纏ったエビは、どうやら油で揚げられているようだ。もともとは茶色っぽい色だったのだが、加熱したせいかその殼は衣越しにも分かる程に鮮やかな赤色に変化している。少し離れた所にいても、皿から立ち上る湯気とともに香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、ナミュールは思わずごくりと喉を鳴らした。
一方のハルタは殼付きというのに些か抵抗があるのか、ナミュールの様子を確認してから料理に手を出すつもりらしい。チビチビとラム酒を舐めながらナミュールの観察に余念がない。


「………。」


ナミュールは2回、3回と湯気の上がるエビに息を吹きかけ冷ましたのちに、ぱくりと口へと放り込む。


「……おお!?」


用途が有るのか分からなかった程に小さなエビは、しかしたった一匹でとてつもない破壊力を持っており、ナミュールは思わず感嘆の声を洩らした。
最初のひと噛みでサクッと軽快な音を立てたそれは、たちまち口腔内に強烈な旨みと香ばしさを弾けさせる。咀嚼するごとに殼の部分は濃厚な香りを増し、僅かな身の部分は小さいが故にぎっちりと湛えられたエキスが迸った。
だが、小エビがゆえに数回も噛めばそれらはすぐになくなってしまう。だからついつい一つ、また一つと手が伸びてしまう不思議な魔力の料理。
ナミュールは魅せられたように「おお、おお!」と呟きながら次々に小エビを口へと放り込んだ。それを見ていたハルタも流石に我満出来なくなったのか、


「そんなに……?」


と言いながら、エビを一つ摘まみ上げるとぱくっと口へと投げ入れる。


「……ん!………なにこれ………なんだよこれ…………やめられない、止まらないよ、これ!」


ハルタもまたこの小さなエビの魔力にやられた一人となり、次から次へと貪るように食い付いた。

甲板のあちらこちらでは、同じ様に小さな叫びを洩らしながら舌鼓を打つクルー達がより一層の盛り上がりを見せている。


「あちゃー……こりゃしばらくは、小エビも仕入れねえとダメかな。」


二階甲板で一服しながら様子を眺めていたサッチは、苦笑いを溢しながらそう呟いた。
果たして彼の予想通り、小エビの唐揚げは白ひげ海賊団内でブームとなり、以降宴の度にリクエストされる定番おつまみとなったのであった。



【五食目、小エビの唐揚げ、完食。】

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