過去clap

□2015/11/01〜
1ページ/1ページ


【4、行楽弁当】


開け放たれた船室の窓から、暖かな風に乗って薄紅色の花弁が舞い込んでくる。板張りの床に少しずつ落ちるそれは、見慣れた茶色い風景の中にぬくもりと華やかさを添えた。

モビー・ディック号は昨日夕方、縄張りのとある春島に到着した。前の島からは一月程度かかるその島は、白ひげの縄張りの中ではかなり僻地と言える場所にある。昔は多少の人里が有ったらしい痕跡はあるものの、現在は無人島のようだ。しかしその島は中央部からは良質の湧水がこんこんと沸き上がっているし、なにより一年中山菜に溢れている。その為、近くを航行した時は必ずと言っていいほど立ち寄る島だった。


「……そんじゃ、2、3、5番隊は食料採集、6〜10番隊は真水の確保、よろしく頼むよい。」


マルコの指示を受けて各隊からは「う〜っす」だの「りょ〜かい」だのと野太い声が上がる中、エースはニンマリと満面の笑みを浮かべると厨房を目指し駆け出した。




「サッチサッチサッチサ〜〜〜ッチ!!」


食堂側のドアをくぐると大きな声でコックの名前を叫んだエース。彼はそのまま駆け足で食堂を突っ切ると、カウンターから身を乗り出して厨房を覗くともう一度「サッチ!」と叫んだ。


「んな何度も呼ばなくても聞こえてるってんだよ!」


リーゼントを揺らして振り向いたサッチは、苦笑いを浮かべながらカウンターに向き直ると手を洗う。彼の後ろでは、大量に並んだ弁当の数々をコックの一人が片っ端から新聞紙で包んでいるのが見える。どうやら彼らは食料採集に行くクルー達の弁当を用意しているようだ。


「なぁなぁ、俺の弁当『本のやつ』にしてくれたか!?」

「はいはい、ちゃんと行楽弁当にしたってんだよ。」

「見てェ!」

「ダ〜メだってんだよ。昼の楽しみにとっとけよ。」


つい先日偶然にもサッチの例の本を見かけたエースは、最初は文字ばかりの内容に興味を持たなかった。だがその場にいたコック達が、「ウィンナーがタコに」だの「ヒヨコのゆで卵」だの、果ては「海苔アートなら親父で決まりだ」等と言っているのを聞き付け、そのレシピ『行楽弁当』を次の弁当にリクエストしたのである。その内容たるや実にファンシーな物で、行楽弁当というよりは最早キャラ弁に近いものだったのだが、生憎と荒くれ男達にはそんな知識は無い。しかし、荒くれ男といえどもコックである彼らには、料理への飽くなき探求心が有った。故にサッチのみならずコック全員がこれを快諾、ついに今回実現に至ったのである。

瞳を輝かせ今にも涎を垂らしそうな末弟に待てと言い聞かせ、サッチは三段重ねになっている弁当の二つのうちの片方を、「……右のだったな」と呟きながら風呂敷に包んだ。










沢山の山菜や筍で、持参した背負い籠は既に満杯だ。


「よし、そろそろ昼飯にするか。」


常人の3倍以上はある特大の籠を背負っていたジョズは、クルー達にそう声をかけると自らも籠を下ろし手近な岩へと腰掛ける。


「隊長、隊長の分の弁当ッス!」


荷物持ちをしていた若いクルーが三段重ねの重箱を運んできた。ちゃんと包まれていた新聞紙を外して持ってくる辺り、若いのに中々気が利く奴だな、そう思いながらジョズは礼を言ってそれを受けとる。普通のクルーはごく普通の弁当箱を使用しているのだが、ジョズや例えばアトモスの様に常人よりも大柄な面子には、体型に配慮してだろうこの重箱タイプの大きい弁当を持たせてくれる。別にジョズ達からそう希望した訳では無いのだが、サッチが気を利かせていつもそうしてくれるのだ。ちなみに常人体型でもエースに限っては本人の希望により重箱タイプの弁当だが、それだってサッチは快くOKを出したらしい。荒くれ男の割りには非常に細やかな気遣いが出来る、それがジョズにとってのサッチの認識だ。


「さ、しっかり食って午後は狩りでもするか!」


厳つい顔に微笑みを浮かべ、ジョズは重箱の蓋をパカリと開いた。


「………ピヨピヨ?」

――――ぱたり。

「隊長?どうかしたんスか?」

「い、いや……。」


ズラリと並んだヒヨコが此方をガン見している。それを不意討ちで目撃してしまったジョズは、思わず釣られて鳴いた後に再び蓋を閉めてしまった。隣に座っていたクルーが不思議そうに問うて来るのだが、それに何と答えればいいのか分からずにジョズは言葉を濁すと弁当の一段目を、今度は少しだけ持ち上げて二段目の中を覗く。


「……カニ?それと……ハートの卵焼きに、……この星は人参か?」


カニさんウィンナー、卵焼きに星形人参。ひとつひとつを上げたら切りがない程に、弁当の具材全てに何らかのファンシーマジックがかかっているようだ。
しかも。


「………っ、親父っ!」


三段目を覗いたジョズは目を見開き驚きも露に叫んだ。


「隊長?さっきからどーしたんスかぁ?」


ジョズの様子に異変を感じたクルーが弁当箱を覗き込めば、そこに有ったのは。


「「「「お、親父………。」」」」


最早アートと言ってもいいレベルにクオリティの高い、白米に海苔で描かれた白ひげがそこにいた。


「こ、これを食うのか……?」


食いづらい。これは一体何の嫌がらせなんだろう。
がっくりと肩を落としたジョズは、その後一時間に渡り弁当を前に固まっていたらしい。

そして、ほぼ同時刻。


「………思ってたのと違ェ。」


砲弾かと思うような真っ黒のやたらデカイ握り飯が詰まった弁当箱を前に、エースもまた肩を落としていた。




【四食目、行楽弁当、完食?】

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ