過去clap

□2015/10/01〜
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【3、栗の渋皮煮】


赤、橙、黄。
色とりどりの木々でデコレーションされた山は、それ自体がまるで一つの芸術品だ。


「……見事なもんだねえ。」


イゾウははらはらと舞い落ちた紅葉の葉を一枚拾い上げると呟いた。

いつも通り縄張り内の島々を巡回するように航海していた白ひげ海賊団は、今回は無人島だが湧き水が豊富な秋島に立ち寄っている。
モビー・ディック号にはもちろん海水をろ過して真水にする装置もあるのだが、やはり補給出来る場所があるのならそうするに越したことは無いのだ。だからこの海域を通る時には、船は毎回必ずこの島へと寄る。
秋島、と一口に言っても気候が秋のものだというだけで、年がら年中紅葉している訳では無い為、今回イゾウが手にした紅葉の葉のような鮮やかな色彩はそうそう見られるものでは無い。イゾウは今回のタイミングの良さに気をよくしながら、懐から出した手拭いにそっとそのひとひらを仕舞った。
そんな彼の後ろから、まるで子供の様に落ち葉を蹴散らしながらエースが駆け寄る。


「なーイゾウ!このトゲトゲって何だか分かるか?」

「トゲトゲ?」


背後からかかった元気な声に風流な気分を一気に吹き飛ばされたイゾウは、若干の苦笑いを溢しながら振り返った。そこには笑顔で茶色のイガ栗を摘まみあげているエースの姿。


「ほう、こりゃ栗じゃないかい?」

「栗?あのケーキとかに入ってるやつか?」

「ああ、モンブランに使うマロンってやつだな。」

「そっか。あっちにすげー沢山有ったぞ!」


そうか、紅葉があるなら木々も実を付ける時期なんだな。
イゾウはそんな考えに至ると早速踵を返した。


(こりゃ、サッチが喜びそうだねぇ。)


そう、思いながら。












「じゃあ一体どうしろってんだよ!」


食堂にて、大量の栗の皮剥きを手早くこなしながらサッチはブツブツと文句を溢していた。
右にはまだ殻に包まれている茶色の栗の山。左には水を張った大鍋に入れられた薄皮の栗。エースやイゾウ他数人が背負い籠10個余りもの栗を収穫してきてくれた為、今食堂ではコック総出で殻剥きに追われていた。せっかくの収穫だからマロングラッセにして保存しよう、とコック達の満場一致でスタートしたこの殻剥き作業だが、先程その他のクルーからは猛反対を喰らった。
いわく。


「せっかくの酒を料理に使うなんざ勿体ねえ!!」


との事である。
まあ普段は安いラム酒を飲む事の多い船乗り達からすれば、そこそこ上等のブランデーを菓子に使うなどとは言語道断!というところなのだろう。
だからといって、こんな大量の栗で出来る保存食などサッチは他に思い当たらなかった。ただの砂糖煮にしようかとも思ったのだが、それだと保存している間に香りが薄れてしまうだろう。だからこそのブランデーなのにそれが使えない今、他の手立ても見つからないままひたすら栗を剥くというのは目的不明な作業である。だからイライラするのも仕方なかろう、とコック達はサッチを盗み見てため息を溢した。
そこに珍しく少しだけ早足になったイゾウが歩み寄り、鍋の中を覗き込んで


「ああ、間に合ったかァ。」


と呟く。
そして彼はすぐさま一冊の本の頁を捲りサッチの眼前に突き出した。


「あんだよ?」

「お前さん、ちゃんとこの本読んでんのかい?ここに、ブランデー無しの方法が書いてあるじゃねェかい。」


イゾウが持ってきたその本は、先日サッチが書庫で発見したあのレシピ本である。サッチは胡乱な目付きでそれを見詰めた後、諦めた様に肩をひそめイゾウを見上げた。


「俺だってそれくらい思い付いたってんだよ。けどよ、ここの『ジュウソウ』って奴が無え以上無理じゃねーか。」

「アホか。『重曹』は確かに山の幸の灰汁抜きにゃ必要だが、無ければ茹でこぼしの回数を増やせば何とかなるさね
。」

「…………え?そうなの?」

「俺が産まれた里ではそうやってたぜェ?」


イゾウの話にキョトンとしたサッチは驚いた顔で本を受けとる。
確かにサッチ率いるコック集団は優秀だが、あくまでコックはコック。田舎の民間の裏技なんて知るわけがないのだ。


「この方法なら、皮のまま煮るから風味も飛びにくいはずだし、コイツぁ懐石料理なんかで出る高級品なんだぜ?」

「懐石料理……。」


雑誌のワノ国特集で見た事のある、あの豪華絢爛な美しい食事。それに添えられる菓子ならば、料理人としてチャレンジしないわけにはいくまい。


「……よし、いっちょやってみるか!」


改めて腕捲りをし直したサッチの顔には、もう先程の不機嫌そうな気配は微塵も無かった。







つやつやとしたシロップを纏い輝くそれは、まるで黒い宝石のようだ。
大振りな一粒をつまみ口へと放り込めば、纏うシロップの甘味と栗の香りが口一杯に広がる。
そのまま栗に歯を立てれば、軽くプツリと薄皮が弾ける感触がし、次の瞬間には先程よりも遥かに強い栗の香りが鼻から抜けた。
そして舌に感じるのはシロップよりも素朴な、けれども砂糖とはまた違う甘味と旨味。
噛み締めればホクホクとした柔らかな栗の食感がまた絶妙だ。


「すげェな、これ!流石は懐石料理だ………。」


昨日中に仕込んで一晩寝かせた「栗の渋皮煮」を一粒味見したサッチは、その上品な味に満足そうに頷いた。
ブランデーも重曹も使わずに無事に完成したその栗の菓子達は、煮沸消毒をされた瓶に詰められて食糧庫へと仕舞われる。いかに大量といえど大所帯の白ひげ海賊団の腹を満たせる程では無いし、またこれは腹を満たす為の菓子でも無い。

特別な時に、少しずつ大事に使うのだ。

瓶詰めを食糧庫へと運ぶコック達は、先程のサッチ同様に皆が皆満足そうに微笑んでいた。







翌日、食糧庫にて空になった瓶数個を発見したサッチが怒髪天をついてエースを追い掛け回すのは、また別な話。




【三食目、栗の渋皮煮、完成。】

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