過去clap
□2015/08/02〜
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【1.お茶漬け】
謎のレシピ本を見つけ、まるで魅せられたかのようにそれを手に取ったサッチは急ぎ厨房へと戻った。
とにもかくにも、まずはマルコだ。
本を開いたサッチは、作業台に頬杖をついてペラペラと頁を捲りながら思案する。
「なんかこう、サラサラッと食えるもんがいいと思うんだよな〜…」
あの友人の事だから、どうせ「噛む」という動作すらも面倒くさがる事だろう。長年の付き合いからそのさまが容易に想像できたサッチは、きっちりと整えられているリーゼントの脇から指を入れるとポリポリと頭を掻きながらため息をついた。
書庫で見つけたレシピ本は写真や絵が無い為に、見た目でそれを判断するのは難しい。だが彼のコックとしてのプライドとチャレンジ精神が「出来ない」とは言わせなかった。
「……これは重そうだし、……これは甘いからダメ、……これは……ん?」
ぶつぶつと独り言を呟いていたサッチは、不意にとある文字に気が付いて頁を捲っていた手を止める。
「……『ウメズチャヅケ』??」
タイトルを読んでから、材料の項目に目を通す。
「……ご飯、ホウジチャ?、削り節、漬物、海苔、………ウメズ?」
読み上げてみて知らない食材がある事に気付いたサッチは、改めて説明文に視線を移した。
「なになに……『食欲の沸かない暑い日に最適。ホウジチャをかけサラサラと頂くチャヅケです。ウメズを使いサッパリとさせるのがコツ。』……ふむ。」
かけて、と言うからには「ホウジチャ」というのは液体だろう。ならば「チャヅケ」というのは「チャにつけた」という意味だ。
「そういや、イゾウの奴が飲んでるのは『バンチャ』とかいうのだったよな。」
ワノ国の文化を愛する家族が、いつも取っ手の無い奇妙なカップで飲んでいるものの名前を思い出したサッチは、本を手に取ると再び厨房を後にした。
この山と積まれた書類全てが、お宝の発見報告だったらいいのに。
うず高くそびえ立つ紙束を前にして、マルコはそんな現実逃避をしながら黙々とサインをしていた。
一体今は何時だっただろうか。
朝のコーヒーは飲んだが昼は食べ忘れた。夕食はもう面倒で摂っていないが、それからどのくらいの時間が経ったのかはもう分からない。窓の外はまだ暗いから夜明けまではいっていないものの、恐らくは深夜にはなっているだろう。
「………もー……どーでもいいよい……。」
どのみちこの積まれた書類を処理し終えないと休めないのだ。
そう考えたマルコは諦めたように呟くと、再びサインを書き始めた。そんな彼の自室の扉から、不意に軽いノックの音が聞こえてくる。
「……開いてるよ〜い。」
かったるそうな返事を返した彼は、書類からは目を離さずに気配を窺った。ドアの開く音とともに室内へと満ちる気配はサッチのものだろう。こんな時間にこの男が来るという事は、大方夜食でも持って来たのだろうか。そう思ったマルコが視線を上げると、目の前にはトレイに乗った奇妙な器が数種類並んでいた。
「……こりゃ、何だい?」
「夜食だってんだ。ちょっと待ってろってんだよ。」
「……いや、悪ィがあんまり食欲は……」
「まあそう言うなって。一口だけでいいから、な?」
友人の気乗りしない様に気付いていても引かないサッチは、てきぱきと準備を始める。その作業が今までのいわゆる『軽食』とは一線を画していたので、マルコはつい手を止めてそれに見入った。
イゾウが使うようなどっしりとした陶器で出来た『茶碗』とかいう容器の中にはライスが入っている。しかしどうも、それは湯気を上げている様子が見られないので冷めてしまっているようだ。
その冷めたライスの上に、黄色や赤、緑に茶色や黒といった色とりどりの野菜を刻んだものが乗せられる。確かこれはワノ国のピクルスみたいなものだったな、などとマルコはぼんやりと思い出した。
サッチはそのライスと野菜の乗った容器の上に、今度は保存容器から取り出したカンナ屑のようなひらひらした細かい物をかける。途端に辺りには魚か何かの香ばしい香りが漂い、マルコのからっぽの胃を刺激した。
それだけでもまあ旨そうだ、と思うマルコを他所にサッチは今度はケトルを小さくしたような奇妙な形の陶器の器を取り出す。水差しにも見えるその容器にはどうやら液体が入っているようで、サッチはその中身の褐色の液体を『茶碗』のライスに注ぎ始めた。
「これは?」
「ワノ国の『ホウジチャ』っつー茶で、それを米にかけた『チャヅケ』っつ〜料理らしい。」
「へぇ。食いやすそうだねい。」
「ああ。……んで、これが仕上げの味付けだ。」
イゾウに分けて貰ったんだぜ?
そう得意気に話すサッチの手には、ガラスの瓶に入った赤紫色の液体。
「……な、なんだいそれ。」
「『梅酢』っつって、梅干しを造る時に出るエキスだそうだ。疲労回復効果や殺菌効果が有って、しかもサッパリしているってんだ。」
「……梅干しは苦手だよい。」
「これはどっちかっつーと酸味よりゃ塩気の方が強ェ、まぁソイソースみてえなもんだから大丈夫だってんだよ。」
そう言うや否や、サッチはそれを『チャヅケ』の上に回しかけた。
茶の褐色と混ざり合い、確かにソイソースのような色合いのスープに満たされた茶碗のライスは、見た目の割りにフルーティーで芳醇な香りを放っており、マルコは少しだけそれを食べてみたいと思った。
サッチから差し出されたスプーンを手に取ると、彼は恐る恐るライスを掬う。
「……頂きますよい。」
言いながらスプーンを持ち上げると、マルコの鼻腔にはより強く香りが充満した。だがそれは単なるフルーティーな香りだけではなく、その中に魚の香ばしさやホウジチャとかいう茶の魚とはまた別の香りを内包していて、これが実に食欲をそそる。
……ずずっ。
滴るスープごと口に含んだマルコは、驚いたように目を見開いた。そして慌ただしくスプーンを動かすと、まるで掻き込むようにして『チャヅケ』を食べ始める。
適度に冷やされた茶で満たされたその料理は、するすると喉を通り彼の胃袋を満たした。
「……ごちそうさま、旨かったよい。」
「はいよ、お粗末さん。」
あっという間に食べ終えて空になった食器を片付けているサッチに、マルコは珍しく礼を言う。そして食べている最中に考えていた疑問を口にした。
「随分と変わった料理みてェだが、一体どうしたんだよい?」
「あ?……あぁ、書庫で妙なレシピ本を見つけたってんだよ。」
「妙な………?俺ぁ実験台かよい。」
「でもよ、旨かったろ?」
一瞬胡乱な目付きになったマルコだったが、サッチが余りにも楽しそうにレシピ本の話を始めたので、食休みがてらに暫しリラックスする時間を得たのだった。
【一食目、梅酢茶漬け。完食。】