過去clap

□2015/07/01〜
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【0、革命の始まり】


夜。
明日の仕込みも終わり、後はのんびりと酒でも飲んで自由時間を過ごすのが常な時間帯。


「はぁ〜〜〜……。何か参考になるもん、無ェかなぁ。」


大所帯である海賊船モビー・ディック号の中でも奥まった場所にある、普段からあまり人が訪れない一室。沢山の本が並んだそこは、いわゆる書庫である。書庫とは言っても生憎と荒くれ男ばかりのこの船において、読書を愛する者はそう多くはない。それでも人が集まれば自然と物は増えていく為、それらを整理する意味で設けられたこの部屋は、だから普通の書庫とは違いかなり混沌とした場所であった。


「ちょっとした、雑誌の記事でも良いんだけどなぁ……」


そんな場所で、先程からブツブツと独り言を言いながら次から次へと本を出し入れしている男がいる。彼の名前はサッチ、このモビー・ディック号のコック達4番隊を束ねる隊長だ。そしてそのサッチが何故書庫などにこもっているのかと言うと。


「大体マルコの奴ァ好き嫌いが多すぎだってんだよ。」


そう、それは同僚でありまた家族でもある1番隊隊長の不死鳥マルコの為に他ならなかった。
親しい友人でもあるあの男ときたらなにせ、朝は「食欲が無い」とコーヒーだけ飲んで仕事に入るのが常だし、昼は昼で作業に没頭するあまり食事を摂るのを忘れ、夜に至っては酒を飲むばかりでろくに食べない。気を使ったサッチが何か夜食を作っても好き嫌いが激しいので中々食が進まないのだ。それでいて今のところ至って元気な上にあの強さだから実に腹立たしい。しかし、サッチもマルコもそういった生活習慣を疎かにして呑気にしている歳ではもう無いのだ。
だからサッチは少しでもマルコが食べる気になるような新しいレシピを求め、こうして書庫にて本を物色していた。もっとも、荒くれ男ばかりが乗っているこの船にそんな都合のいい本があるわけもなく、サッチは一縷の望みを賭けて先程からずっと雑誌類を出しては戻し出しては戻ししている。
そんな時だった。


「………ん?」


雑誌に紛れて出て来たのは、一冊の古びた本。他のものに比べて味気が無さすぎるベージュのシンプルな装丁のその本は、おおよそ海賊が手にするとは思えないものだった。
不思議な魅力を放っているようにすら見えるそれを、サッチは自然と手に取りペラペラとめくって見る。しかし出てくるのはこれまた味気無い文字ばかりで、挿し絵的なものすら見当たらない。
しかし、サッチの料理人としての「勘」があるページで指を止めさせた。


「………米?」


やっぱりな。
そうサッチは思った。
これは、料理本だ。写真も挿し絵も全く無いが間違いない。
ずらずらと並ぶ眼の滑りそうな文字列は、よくよく見ればどうも食材の名前や分量のようだし、その後に続く文章もまた料理の手順だ。しかも驚くべき事に、白ひげ海賊団の一員として長年に渡り数多の海を旅して来たサッチですら知らない料理ばかりが並んでいる。
絵も写真も無いから完成図すら分からない、不思議な料理本。


「……こりゃあ、俺への挑戦って奴だな。」


無機質に並ぶ文字を目で追いながら、サッチはポツリと呟いた。
料理人として、出来ないだなんて言葉を使うつもりは毛頭無い。この本がこの世に存在していて、しかも料理人である自分がそれを「料理」だと認めた以上、この本に載る情報の全ては実在するものだ。


「………ようし。受けてたつってんだ!」


かくして、海賊船モビー・ディック号の「厨房革命」は幕を開けたのであった。



【続】

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