兎耳のアイリス

□その23
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サッチの特技をハルタが知った次の日。食堂の隅っこで、ミラはおやつのマフィンを食べていた。ちなみに、マフィンがひとりでに一口ずつ消えていったらそれはそれで不気味なので、ちゃんと姿を現している。その隣では、マルコが新聞を片手にコーヒーを飲みつつ思案顔だ。
そんな彼女のもとに、今日もハルタが歩み寄った。


「ねえ、ミラ。俺思ったんだけどさぁ。」

「むう?………むぐむぐ……」


口の中に有ったマフィンを飲み下すと、ミラはハルタを見上げ「何が?」と尋ねた。


「サッチの特技の事。」

「ああ。凄いよね〜!」

「うん、まあ凄いんだけどさ……」

「……?それがどうかしたの?」


ハルタはどうやら昨日の話をしたいらしいのだが、しかし何か考えているのか少しだけ言い淀む。だが少しすると、何故か一人でクスクスと笑い出した。


「……ハルタさん?」


ミラが怪訝な顔で問うも、ハルタは腹から込み上がる笑いに堪えられないようで、奥歯を噛み締めながらようやくと言った表情で口を開く。


「………っ、いや、よくよく考えたら俺、なんでこんなにサッチなんかの事考えてんだろ、って………くくくっ!」

「確かにねい。」


ミラがぽかんと呆気に取られていると、隣で先程まで難しい顔をしていたマルコが新聞から視線を上げてニヤニヤとしながら呟いた。


「サッチの特技、ってあれだろい?見て覚えちまうやつ。」

「そう、それそれ。」

「マルコさんは知ってたんだ。」

「そりゃ、長ェ付き合いだからねい。」


相変わらず笑ながら話すハルタとは対照的に、ミラは少し驚いているようである。


「サッチさんのあの特技ってさ、昔からなの?」

「ああ。あれは多分生まれつきの……いわゆる『カメラアイ』ってヤツだろうねい。」

「「カメラアイ??」」


ハルタとミラの声が被った。
何だか格好いい……そんな阿呆の呟きを他所に、ハルタは顎に手を添えて暫し思案している。


「ハルタ辺りは、聞いた事が有るんじゃねえかい?」


そんな彼に、マルコは問うた。読書家のハルタならば、おそらくは知っているだろうから。
マルコの予想は当たりだったらしく、視線を上げて栗色の髪を揺らした剣士は


「俺も、そうじゃないかと思って話をしに来たんだよ。」


と、至極真面目な表情で言った。


「前に何かの本で読んだんだけどさ、目で見た光景を写真に撮ったみたいに記憶する能力なんだろ?」

「そうらしいねい。」

「すご〜い……そんなの有るんだ……」


ハルタの説明に、ミラは目を丸くして感嘆の声を洩す。だが彼女のそんな台詞に、マルコは些か呆れたような顔で彼女を見遣った。


「何言ってんだよい。お前ェのあの『味覚の敏感さ』だって似たようなもんだろい?」

「えっ?……そ、そうなの?」

「まぁそうだろうね。人間誰しも何か一つ位秀でた所は有るって言うし。」

「サッチの場合は、それがたまたま記憶力だってだけだろうねい。」


そういうもんなの?というミラの小さな呟きを、二人は取り合う事なく話を進める。


「まあ、そのサッチの能力さぁ、本人が気付いているかはさて置き、使い方によっては凄く便利だろうと思うんだけど。」

「まあ、色々活用法はあるだろうがよい。」

「写真や地図があればいいんでしょ?」

「そりゃそうなんだがねい……。」


男二人は次々に話を展開していくのだが、残念ながらミラはついていけない様だ。先程から困った様に、しかし僅かにむくれながら話を聞いている。
そんな時。


「なんだお前ら?珍しい取り合わせじゃねえかってんだ。」


当の本人のご登場だった。



【つづく】
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