兎耳のアイリス

□その23
2ページ/3ページ



「そういえばさ、サッチさん地図とか数字覚えるのも得意だよね?」

「あぁ、まぁ、な。」

「へェ………なら、証拠を見せてよ?」


すかさずハルタが食い付いた。もちろん、証拠など先程の神経衰弱でサッチが見せたものでも充分なのだが、ここまできたら後には引けない。ようは単なる負け惜しみなのだが。


「今から俺が適当に数字言うからさ、それを覚えてよ。」

「ちょ、ちょ、ちょっと待てってんだよ!」

「なに?やっぱり無理なの?」


ニタァ、と可愛い顔に似合わず嫌らしい笑みを浮かべるハルタに、サッチは慌ててストップをかける。


「確かに、記憶力にゃ、ち〜っと自信は有るんだけどな………俺っちの場合『見ないと』ダメなんだってんだよ。」

「はぁ?何それ、今さら逃げんの?」

「違ェってんだよ!なんつーか……映像で覚えっから、耳で聞くんじゃダメなんだよ。」

「………ふぅ〜〜ん………。」


ならいいよ。
今から紙に書くからちょっと待ってて。
そう言うと、筆記用具を取りに行くのだろう、踵を返したハルタは二、三歩歩くと不意に振り向いた。


「……そのかわり、時間制限あり、だからな?」


悪魔の様な微笑みで言い放つと、ハルタは再び歩き出す。なんという負けず嫌いっぷり。
しかし、残されたサッチは焦る様子など微塵も見せずに、先程のハルタ同様に嫌らしくも不敵に笑っていたのだった。







「うっそだろ………マジかよ………。」


手に持っていた紙をくしゃりと握りしめ、ハルタは呆然と呟いた。
皺が寄ってしまったその紙には三十桁はあろうかという数字の羅列が書いてある。それをハルタは「10秒」という鬼のような時間制限を付けてサッチに見せた。その時のハルタの表情ときたら、ニタリと口角を引き上げて実に酷薄な笑みを浮かべ、どうせ出来るまいと思っているのがありありと分かる顔をしていた。だがその条件をすんなりと受け入れたサッチはというと、ピクリとも変わらない顔で10秒紙を眺めた後、実にアッサリとハルタへとそれを渡す。
そして、


「んじゃ、いくぞってんだよ。」


と言うと、ハルタが慌てて紙を見るよりも先に、ズラズラと数字を喋り出したのだ。しかも書いたハルタ本人ですら暗記していないその数字の羅列を、一切のミスも無く完璧に、かつ一息で言い切り、清々しい程のドヤ顔で息をついた。


「いやあ、何回見ても凄いよね〜。」


二人のやりとりを黙って眺めていたミラは、感心したようにそう言うと拍手の動作をしながらサッチの周囲をぐるぐると回る。そんな彼女にドヤ顔のままでサムズアップして答えた彼は、ハルタに「どうよ?」と一言だけ問うた。
ハルタは悔しそうな表情で暫し押し黙ったものの、やがて小さく一つ息をつくと、降参とでも言う風に


「参ったよ。そこまでされたら認めるしか無いね。」


と吹っ切れた様に笑う。サッチも根に持ったりする質ではないので、二人は顔を見合わせると楽しげに笑った。
それを隣で眺めていたミラは思った。

この船に乗る彼らのこんなところが、自分は大好きだ。
大所帯だから、ちょっとした諍いやすれ違い等はよく起こる。
だが、大抵の場合は後腐れのないものな為、いつだって彼らは翌日には笑顔になっているのだ。

さあ、陽気な海賊よ。
さあ、酒を飲め、歌を歌え。
気楽で楽しい海賊稼業、広い海で笑って行こう。

そんな風に生きているように見える。
「生」というものを失ってしまった彼女だが、モビー・ディック号にいれば自分も少しだけそんな気分を味わえるような、そんな気がする。

ほのかに憧憬の混じった眼差しで、ミラは他愛もない話に花を咲かせる二人を眺め続けた。



.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ