兎耳のアイリス
□その4
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この場にいる面子の中では一際大柄なジョズは、一度目を擦るとぱちぱちとその成りに似合わない可愛らしい瞬きをする。先程まで彼の後ろに隠れるようにしていたラクヨウはというと、たった今目の前で硬直したかと思えば震え出すという忙しない動きをしていた。だが、この局面においては流石のジョズですらも今起こった出来事に対処する為に周りに気を配る余裕など無かった。
「…………てへっ。」
「おいおい、いつもの勢いはどうしたのさね。」
「いやぁ、なんかこう、久々に当たり前な怖がり方をされると逆に新鮮って言うか恥ずかしいって言うか……」
「なんだい、そりゃあ。」
二人の固まっている男の前では、イゾウが少女とごく普通に会話をしている。だが、今のこの状況は決して普通などとは言えないものだった。何せその少女はまるでイゾウの言葉を合図にしたかのように、ラウンジの何も無い虚空から急に現れたのだから。
「……イゾウ、『それ』は一体何だ?」
震えるラクヨウを放置して、一先ず平常心を取り戻したジョズがそう聞けば、イゾウは少女へと視線を向け、
「ほれ、聞かれてんぞ。得意のアレはどうした?」
と顎で指図した。
少女は「えぇ〜」とか「でもぉ」とか言いながら、両の手の人差し指を絡めつつもじもじしする。だが暫くそれを繰り返した後、意を決した様に顔を上げると口を開いた。
「えっと……白ひげ海賊団のアイドル、ミラって言います!よろしくね!」
「………いや、俺が聞きたいのはそういう事じゃないんだが……」
「あっ、ごめんなさい、年齢は非公開なの!」
「いや、それも違うんだが……」
何故かやたらと照れながら見当違いの事ばかりを言う少女に、ジョズは対応に苦慮しつつイゾウを見遣る。だがイゾウはというとまるで楽しむかのようにニヤニヤと笑うだけで、助け船を出す気など微塵も無いようだ。かといって、ジョズと連れ立って来たラクヨウはもともとが所謂「お化け嫌い」であるため、ブルブルと震える背中が役に立たない事を如実に現している。
ジョズは仕方なさそうにため息を一つつくと、眉間に皺を寄せたままそろそろと腕を持ち上げた。そしてそのまま、ごつごつとしていてミラのそれに比べればグローブのように大きな掌を、目の前のツーサイドアップに向けてゆっくりと近づける。
「…………やっぱりか。」
「本当はお触りは禁止なんだけど、特別だからねっ!」
「いや、触れね……………何でも無ェ。」
可憐な少女の髪の毛は、ジョズの掌に接触する事なくすり抜けた。不思議なもので、確かにそこに在るように見えるのに触れられない。それを実感したジョズに、ミラはおどけて答える。けれど、ふざけているような彼女の言動の中にかすかに「影」が見てとれた気がして、ジョズは言葉を濁した。
何と説明すればいいのか分からない。だが、実体が無くともここに存在していて動いたり喋ったりしているはずのミラという少女。そのミラが、「触れない」という言葉を聞きかけた途端に僅かに揺らいだような、そんな気がジョズはしたのだ。
「???」
アイドルというのはどうか分からないものの確かに可憐な美少女であるミラは、ジョズのその行動が不思議なのかコテンと首を傾げて上目遣いに見上げてくる。その無垢な視線にばつが悪くなったジョズは、間を持たせようと前方でいまだ背中を震わせているラクヨウの肩を引いた。
「おい、ラクヨ………ん?」
「ラクヨウなら、さっきからずっと『そう』だぜェ。」
「うっわ、泡吹いてる人初めて見た!!」
ラクヨウは、立ったまま白目を剥いて泡を吹いて震えていたのだった。
【つづく】