サルビアのきもち

□二十
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「へぇ…、こんなによく出来た細工物が、子供の玩具なんだ。」


万華鏡をくるくると回しながら、ハルタは関心した様に呟いた。
祭会場にある細工物の露店には、他にも竹トンボや紙風船などハルタにとっては珍しい品々がずらりと並んでいる。それら一つ一つを手にとっては眺め、また店主の青年に「これはどうやって使うの?」と聞いている。
そんな彼の姿を見て実年齢が三十路越えである事に気付く人間は誰もいないらしい。
ハルタもまた自身の若く見られがちな容姿を利用して屈託なく周囲の若者達に話しかけていた。


「それにしても、こんな細かい細工や装飾の物をこんなに安く売るなんて凄いね。他所の島だったら0が一つ多い位の値段は付くよ?」


そうハルタが笑顔で店主に告げれば、店主は「そんなに?」と半信半疑ながらも、


「この島は外との交易なんて殆ど出来ないからね…。何せ数日後からはまた一年嵐に閉ざされる島だからなぁ。」


と残念そうに呟いた。
多少は年一度出荷はしているものの恒常的に売れる訳では無いし、何より「島の外」の相場が分からない以上値段の交渉なんてものも出来るはずがない。
そう愚痴半分に語る若き店主の顔を見て、ハルタは内心ほくそ笑んだ。
しかしそんな心の内など欠片も表面に出さず、彼は至極不思議だと言わんばかりの表情を浮かべて口を開く。


「何でさ?別に島の回りが嵐だって、海の中に入っちゃえば何とかなるじゃん。」

「はぁ?坊主、何言ってんだぁ?船が海の中になんて入れる訳無いだろう?」


ハルタの物言いに、今度は店主がわけが分からないとばかりに聞き返す。
だがそれでもハルタは浮かべた不思議そうな表情をそのままに、


「えっ?だって俺の乗ってる船は海底にだっていけるよ?うちの船だけじゃなく、シャボンを使えば大抵の船は行けるはずだけど。」


と言い放った。
そして店主が「シャボン?」と聞き返しているのを華麗にスルーすると矢継ぎ早に


「ああ、でも外の情報から隔絶されちゃってるなら知らなくても仕方がないか。勿体ないなぁ、こんな凄い細工物を外に売りに出ないなんて。きっといい値が付くのになぁ!」


と独り言のように続けた。
だが、独り言というにはあからさまに大きなハルタの台詞は若き店主の耳にもしっかりと届いたらしく、


「なあ坊主、今の話詳しく聞かせてくれないか?」


そう身を乗り出して来たのだった。


一方その頃。


「…成る程。これはこれでまた、趣深い。」


祭会場の一画に設けられた野点のコーナーにて、ビスタは和菓子と抹茶をたしなんでいた。
細かな細工が施された梅の花を模した和菓子は食べるのが勿体ないと思った程に美しいし、いざ食べてみると抹茶の渋味と相まって絶妙なバランスを生み出している。
普段は紅茶ばかりを好んでいるビスタだったが、たまにはこういうのも悪くない、と満足げに微笑んだ。


「ときに店主、この茶は外の島では販売しているのか?」


茶釜の前に座り新たな茶を点てている人物にビスタがそう聞けば、好好爺といった言葉がぴったりなこの老人はゆるりと首を横に振る。
そんな老人の反応に、ビスタはさも残念だという表情を作ると


「…そうか。こんな素晴らしい物を外に売れば、島もかなり潤うと思うのだが……。」


と落胆の色を乗せて呟いた。
不意に、シャカシャカと軽快な音を立てて動いていた茶筅がピタリと止まる。
流れるような動作で茶碗を持ち上げた老人は、穏やかな顔を崩す事無くただポツリと


「この島は、このままでいいんじゃよ。」


と呟くと、厚みの有る素朴な風合いの茶碗をビスタに向け差し出した。


岩壁で、着物姿の人々に混じって釣竿を持つドレッドの男。
その男、ラクヨウはたった今吊り上げた80センチは有ろうかという大物を手に誇らしげだ。
そんな彼の周りには、先程まで釣りに興じていた島民達が興味津々といった表情で群がっている。


「すげえな!こんな大物でも折れない竿なんて、初めて見た!」

「あんなにしなったのになぁ!一体この竿、何で出来てるんだ?」


島民達は口々に驚きの言葉を並べ、ラクヨウの持つ釣竿をまじまじと観察している。


「あ?こんな普通の竿、他の島ならどこでも売ってるぜ?」


ラクヨウが事も無げにそう口にすると、島民達は「本当か?」だの「これが普通?」だのと沸き立った。


「なんならほら、やるよ。」


近場にいた中年の男性にラクヨウが竿を差し出すと、受け取った男性は興奮も顕に


「村で自慢してくる!」


と叫んで走り去った。


くすくす。
くすくす。
やぁね、何の悪戯?

路地裏の一画、昼間だというのに薄暗い場所に微かに響く女の声。
その女の背後には、これまた女性と見紛うばかりに美しい男が立っている。
男は後ろから女の肩越しに伸ばした手で、彼女の着物の衿元を弄っている。
不意に男、イゾウの手はするりと女の着物に侵入すると、そのふくよかな胸の谷間に何か差し入れた。


「…なぁに?」


振り向いた女が甘ったるい声で問いかければ、イゾウは見る者を蕩けさせるような極上の笑顔で彼女の耳許に唇を寄せる。


「…ただの櫛さね。やるよ。」


女が胸元に視線を向ければ、そこには今まで見たことも無いような色とりどりの石がちりばめられた、きらきらと輝く櫛が挟まってる。
細くしなやかな指でその櫛を取り出した女は、それを隙間から入り込む太陽の光に翳して見た後に、


「いいのかい?こんな珍しい物を行きずりの女に。」


そううっとりとした目で問うた。
イゾウは伸ばした手で女の乳房を弄びつつ、


「美しいモンは、それに見合った主が持つべきさね。…それに、大して珍しい物でも無ェからなァ。」


そう答えると、目の前の細い項に唇を寄せた。






白ひげ一行は予定通りにこの島で出来る範囲の補給をしつつ、マルコ指示の下祭りを楽しむふりを演じながら島の構造から統治体系からあらゆる情報を収集した。


「とにかく、出来るだけ手荒な事は避けるよい。」

「あ〜あ、なんかのトラブルに便乗して制圧する方が楽なんだけどなぁ…」


幾度か行われた隊長会議で念の為にとマルコが行った注意喚起で、ハルタがそうダルそうに呟いた。
だがそれを聞いたラクヨウは彼とは逆に嬉々とした表情で、


「俺ぁこっちの方が血が騒ぐけどなぁ!」


などと言っている。
それを聞いたマルコは、世話が焼けるとでも言いたげに眉間に寄った皺を伸ばしつつ、


「…ラクヨウ、無益に血を流すのは親父も望まねえんだい。自重してくれよい?」


と念を押したのだった。

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