サルビアのきもち
□二十
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白ひげ自らが主導となって動くのは、実はここ最近では珍しい。
それはマルコ達隊長に任せていれば大抵の事は問題無く運ぶからであると同時に、白ひげ自身も年齢や体調から行動に制約がかかりがちな事に起因している。
しかしながら、やはり流石は最強とうたわれた「白ひげ」、彼の放ったった一言の「力ある言葉」に俄然テンションが上がったクルー達は瞬く間に役割分担を終えると各自下準備に入った。
そんな俄に活気付いた船内で、ナツメは1番隊のクルー達に自身が「作戦」には不参加である旨を伝えた。もちろん非戦闘員である彼女が島の制圧作戦に加わらない事など予測出来ていた彼等は大して疑問には思わなかった。
だが。
「……まさか、一人でやるつもりじゃ無いよね?ナツメちゃん。」
クルー達との会話を終え事務室への廊下を歩んでいたナツメの背中に、いつも通りに装おってはいても少しだけ怒りを含んだ声を掛けた人物、それは。
「…サッチ隊長……、」
にこにこと人好きする笑みを浮かべたリーゼントの彼だった。
相変わらず軽いふりをしながらも仲間の心の機微やその動向に関しては僅かな変化も見逃さないこの男は、今回もナツメが周囲に迷惑をかけまいと考えているのを早々と見抜き先手を打ったようだ。
続く言葉を探すように視線をさ迷わせている彼女に、サッチは苦笑いを浮かべるとため息を溢し、
「…俺達、そんなに頼り無いかな?」
とポツリと呟く。
その言葉に逸らしていた視線を反射的に上げたナツメは、視界に入った自分よりも遥かに強く逞しく頼りがいのある彼の姿が少しだけ淋しそうに見え、半ば無意識ながら静かに歩み寄るとそのシャツの端を掴んだ。
「…そんなわけ、無いじゃないですか。」
「なら、何で頼ろうとしてくれないの?」
気まずそうにポソポソと喋るナツメを、出来るだけ責める様な口調にならないようにとサッチは柔かな声色で問いかける。
けれども、問われた彼女は言いたい事が纏まらないのか口を開きかけては閉じてを繰り返したまま俯いてしまった。
だが、そんな時。
…ふわり。
彼女の後頭部に節くれだった大きな手が乗り、やがてその手はまるで壊れ物でも扱う様に優しく優しくその頭を撫でた。
「…ゆっくりで、いいよ?」
そう言うと、サッチはそのまま口をつぐんだが、その手は柔らかに動いたまま彼女が口を開くのを待つ。
やがて考えが纏まったのか、僅かに頭をもたげたナツメは小さな声で、
「わからない、んです。」
と語り出した。
「私事だと、どこまでが甘えで、どこからが頼るべきときなのかが、わからないんです。」
それは幼い頃から親代わりの兄に負担をかけまいと過ごしてきたせいか、それとも彼女の元来の性質がそうさせるのか、とにかくそう言ったナツメの姿がまるで親を探す幼い迷い子の様にサッチには見えた。
だから、彼は仕方ないなとばかりに再びため息をついた後、こう答えた。
「…そんなの、『どこ』だっていいってんだよ。だって『お兄ちゃん』は妹に甘えられたらいつだって嬉しいんだからね。」
だから、独りで頑張らなくてもいいんだよ。
困ったら、必ず俺を呼んで?
そう続けた後、ニッコリと笑ったサッチの顔が不意に実兄と重なって見え、ナツメはツキンと痛んだ目頭に敢えて気付かないふりをしつつも、
(…変なの。全然似てないのに。)
と記憶の中の実兄の姿を心の片隅に追いやった。
そんな二人のやりとりを、角を曲がった廊下で聞いていたマルコは、自身の胸の内にある何とも形容し難い引っ掛かりに気が付きつつも、
(…ま、サッチらしいっちゃ、らしいかねい。)
と小さなため息を溢した。
「困ったら、必ず俺を呼んで。」
言おうと思っていた、全く同じ台詞を飲み込んで。
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