銀魂

□【土高】月までの距離
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「晋助…おぬし…」

総督である高杉が帰ったのは、既に朝日が昇り始める少し前だった。
また子同様、不在の高杉が気になった男はずっと待機していたのだろう…。

「万斉…」

そう呼ばれた男は、人斬りの異名を取る剣豪、河上万斉である。

「ずいぶんと楽しそうでござるな」
「…………」
「白夜叉にでも会ったか?」
「いや、違げェーよ」
「…ほう、では…鬼の副長、土方か」
「…………」

鬼の副長…多くの者が恐れる名に、高杉はわずかに胸を高鳴らせる。

(面白ェ…)

細く笑みを浮かべる高杉に、万斉は言い知れぬ恐怖を覚えた。





「昔々、あるところに…」

(ここは…どこだ)

「おじいさんとおばあさんが住んでいました」

(……この声…そうご、か?)

「おじいさんは村へ人斬りに、おばあさんは川へ死体を流しに…」
「おいィィィィィ!!!!そんな話だったか!?桃太郎だろ!?桃太郎だよな!?」
「あ、土方さん。どうですかィ、目覚めの方は」
「最悪だよっ!!こんなグロい童話の冒頭で気持ち良く目覚められるか、ってんだ!!」
「そうですかィ、それは残念だー」
「何その顔!?ムカつくんだけどォ!」

土方が目を覚ましたのは、倒れたはずの街道ではなく、屯所の副長室だった。

「それより総悟、これはどういう状況だ」
「どうもこうも、倒れてた土方さんを、俺が運んで来たんでさァ」
「総悟が?俺を?」
「重かったですぜ、ただ…訳ありだったようなんで…」

ニヤリと不敵な笑いを浮かべる部下に、土方は言い難そうに目を逸らす。
“高杉晋助”との遭遇は、黙っていていいことではない…。
何より、土方は気になっていた。

くっ…アンタは晋助様のお気に入りっス。だから殺さない…

来島また子の、あの言葉…。

(お気に入り…一体何のことなんだ…?)


テロリストなんぞに好かれても微塵も嬉しくない。
ただ、高杉という男に好かれていることが…どこかモヤモヤして…ぐるぐるしている。
土方は、意味のわからない感情を抱え、仕事に専念することにした。





そして……。

二人は……もう一度、同じ場所に立ち…。



お互いを目にするのだ。





「よォ…、鬼の副長さん」

「高杉…」

時刻は丑三つ時。
あの出会いから一週間ほど経った頃だった。
もちろん約束などしていない。
お互いの本能が知らせたのだ…。いい知れぬ何かを。

「会いたかったぜ、土方」

ニヤリと不敵に笑う高杉に、土方は思った。美しい、と。
それは以前も思ったことだった。
月に照らさせた夜の独特な雰囲気が心底似合う男で、まるで月の光のように鈍く笑う。
そんな男に、初めて名前を呼ばれた。

「月……」
「?」
「…ぁ、いや…別に…」
「今夜もいい月だなァ…」
「ああ…」

土方からふと漏れた言葉。月。それは…高杉のことだ。
夜に鈍い光を発し…惑わせる。

(って、俺は何テロリストと何をまったりしてるんだ…!)

そう、高杉は攘夷浪士の中でも最も過激で最も危険な男。
真選組である自分は、高杉を斬らなければいけないし、こんな風に話せる立場ではないのだ。

土方は、それが…酷く悲しいことだと思った。

「帰れ…」
「あ?何言って…」
「今すぐこの場を離れれば見逃してやる…だからッ!」
「土方、お前なんかに逃がしてもらわなくても、俺は逃げれるぜ?」
「……いいから…はやく」

ダメなのだ。苦しい…苦しい苦しい。
憎かった…ずっと…いや、今も敵であることに間違いないのに…。
あの時からだ。間近で見て、話をしてしまった、あの夜から。

遠い……。

(俺とこいつの距離は…あまりにも遠すぎる、高杉は…月だ)



見上げた月との距離が、遠くて…切なくて、苦しい、残酷なものだった。



☆続く…☆

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