□最高の時間をきみに
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「忍足様、到着しました」

「あ、はい」


わざわざドアを開けてもらって降り立つと、目の前にはよく映画やドラマなんかで見かける世界的に有名なブランド店の建物そびえ立っていた。


「え、ここですか…?」

「はい」


ニコリと笑う運転手さんに、心の底から帰りたいと思った。


「こ、ここなとこ来ても、俺何も用事ないんですけど…」


絶対場違いだ。
一般学生の俺が気軽に買い物できる場所ではない。
それどころか簡単に入れる場所でもない。


「景吾様の指示ですから」

「え、景ちゃんここにおるんですか?」


質問には答えず、運転手さんは無理やり俺をお店の中に押し込んだ。



「それではよろしくお願い致します」

「はい、かしこまりました」

「え、あの、ちょ…!」


明らかにVIPな方々しか通さないであろう部屋に連れ込まれたかと思うと、運転手さんは早々に引き上げて行った。
俺のことなんかお構いなしである。
しかも景ちゃんの姿はどこにも見えないし。

見るからに上品な店員の人は勝手にあれこれ服を選んでは、色々コーディネートを考えている。
チラリと値札が見えたが、見なかったことにしたい。
普段俺が買っている服の値段よりゼロが何個か多かった気がする。


「では、この服を着てみてください」

「え、でも…」

「この服が一番お客様に合うはずですから」


有無を言わせず、試着室に押し込まれた。
手渡された上品な濃い灰色のスーツを見て、溜め息が零れる。

平平凡凡なただの庶民の俺が、こんな高そうな服に袖を通すのは少し躊躇われたから。


「(景ちゃんが着たら似合うんやろうな…)」


こんな時、差を感じてしまう。
昔のような派手な生活を止めて地味な生活を好むようになったとはいえ、景ちゃんはあの跡部家の人間なんだ。
庶民的ではあるけれど、庶民では決してないい。


「いかがですか?」

「え、あ、はいっ」


声を掛けられ、ハッとする。
暗い考えを振り払い、意を決してスーツの袖に腕を通した。



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